魔具と魔道具

 木漏れ日亭での契約を終えた二人は、最初に領都市街へ訪れたとき以来になる魔道具店へ向かった。

 入口ドアの鐘を鳴らしながら里藤とナッズは入店する。鐘の音に気付いたリゼが店奥のカウンターで「いらっしゃーい」といった。

 里藤は店内をぐるりと見渡しつつ、リゼの元へと歩く。あいにく、夕食の準備がある里藤にはウインドウショッピングを楽しむ時間は無かった。

「どうも、数日ぶりだね」

 里藤の言葉に、リゼは顎に手をやって考える。数秒してピンと来たのか目を見開いていった。

「クアッドさんのお友達の方ですね」

「ああ、そうだよ。オニグモさんから欲しいものがあるならリゼさんのところに行くといいと言われてね」

「オニグモさんがですか? 珍しいですね」

 何故珍しいのかと里藤が訊けば、あちらに用がある人はだいたい武器で物事を解決するので魔具店に来ることはほとんどないと答えた。

「思ったよりアレな奴が多いな……」

「モトル大森林でお金を稼ぐなら腕っぷしが一番重要ですから」

 渇いた笑いを浮かべるリゼが、仕切りなおすように両手を一発叩く。

「さて、改めまして今日はなんの御用でしょうか」

「魔道具が欲しいんだ。間違いなく類似品はないだろうからオーダーメイドになると思うんだが」

「ま、魔道具ですかっ? あの、すみませんが、えっと」

「ああ、名乗ってなかったね。俺は里藤っていうんだ」

「それではリトーさんと呼ばせていただきますね。リトーさんは魔道具と魔具が違うものってご理解されてますか?」

 リゼのその言葉に里藤は衝撃を受ける。里藤の中では呼称揺れだと認識されていたのだ。

「違うものなのか」

「はい。簡単に説明しますと、魔具はひとつの魔石で稼動する道具です。村の井戸などで使われる放水の魔具が該当します」

「すまないが、放水の魔具とやらを見たことがないんだ」

「ええっ。子供でも知っているようなものですよ?」

 里藤はおかしいなと頭を抱えるリゼに説明の続きをうながした。リゼもとりあえず里藤が放水の魔具を知らないことを流すことにして、説明を再開した。

「対して魔道具は、複数個の魔石を混ぜ合わせることでひとつの魔石にし、特殊な効果を持つ魔石に加工した魔具のことです。当然ですが技術料がかかるので値段も跳ね上がります」

「ほう。クアッドも言っていたが、そんな高価な魔道具を二つも持っている辺境伯様はかなり無理をしたんだな」

「平民なら一生遊んで暮らせるぐらいの額ではありますね。あーあ、私も魔道具を作れたらなぁ」

 リゼが唇を尖らせ、大きなため息を吐いた。

「なんだ、リゼさんは魔道具を作れないのか」

「複合魔石……先程説明した複数の魔石を混ぜた魔石を完成させるにはとても繊細な技術が必要なんです。作るための道具と材料は比較的安いんですけどね」

 そういってリゼは自らが頬杖をついていたカウンターへ、ボウルをひっくり返して半透明にしただけの物を載せた。

「……これが?」

「まぁ、初めて見たらそう思いますよね。とりあえず、この錬金球に触れてみてください」

 リゼが「ささ、どうぞ」とうながすので、里藤は躊躇いなく両手をべたりと錬金球と呼ばれた半透明なボウルに当てた。瞬間、両手が紐のようになってぐにゃぐにゃになったような感覚が里藤を襲った。驚いた里藤は慌てて錬金球から手を離す。

「不思議な感覚でしょう?」

「ああ、あまり味わいたくないものではあるね」

 どうにもなっていない両の手を睨みつけながら里藤はいった。

「錬金球の中に魔石を入れて自身の指と混ぜ合わせるように魔石を組み替えていく、これが難しいので魔道具は高いんですねぇ」

「よくわかったよ。で、その出来上がった魔石をどうやって魔道具へ加工するんだ?」

「魔道具にするのは簡単なので、私たち魔具師が形に起こすことが多いですね。趣味で複合魔石を購入して自分で作り上げる貴族も少なくはないですが」

「なるほど」

 里藤は思い悩む。自身が複合魔石を作り上げて道具を作ったら手間が省けるのではないかと。衣食住が保証されており、給料をもらっても使うことがない里藤は錬金球の購入を決めた。

「買います」

「え?」

「錬金球とやらを買います。魔石ってどこで売ってます?」

「あ、はい。お買い上げありがとうございます。銀貨二枚になります。魔石はギルドで売ってますけど、ボヌム様直下の部下の方ならオヴィニット様にお話を通したほうが早いかと思います」

 ぽかんとした表情でいうリゼに、里藤は礼を言い錬金球をもって退店する。待ってくださいと慌てて追いかけるナッズの背を見ながら、リゼはせっかちな人だなと思うのであった。


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