にぎやかな夕食

 仕事を片づけたボヌムが屋敷の食堂に入ると、そこには既に妻のミリアと息子のポステロスが席についていた。

 日頃は夕食の席に遅れてくることも多いミリアが、自らを出迎えている事態に疑問を覚えつつも、ボヌムは食堂の上座にある自分用の席に座った。

「今日は早かったなミリア」

「ええ。エルイーザが今日の夕食は絶対に遅刻をするのはやめたほうがいいというものだから……」

「僕もエルイーザにそう言われました」

 飾らない質素なドレスを身に纏ったミリアがぼやくようにいった。その言葉にポステロスも頷いた。そうなのかという視線をボヌムがミリアの背後にいるエルイーザに送る。視線を向けられた彼女は無言でこくりと頷き、メイドであるライシーに食事の準備をするように伝えた。

「ん? ミミはどうした」

「体調不良で寝込んでおります。奥様やポステロス様に感染するかもしれませんので念のため隔離をしています」

「そうか。無理はしないようにと伝えてくれ」

「承知しました」

 本来二人いるはずのメイドが一人しかいないことに疑問を覚えるボヌムであったが、エルイーザがそれに答える。一人メイドが欠けているので配膳も遅れるのではないかとボヌムがぼんやり考えていたところ、ライシーを先頭に食堂へとアマレ、オヴィニット、クアッドが続々と入室して食堂の長テーブルの上に料理を置いていく。次々と並べられていく料理たちにボヌムとミリアは驚愕し、ポステロスは喜色満面の笑みを浮かべる。

 複数回厨房と食堂を行き来し、自らが担当する料理を並べ終えたライシーとオヴィニットが食堂扉の横に待機して、最後に里藤が木の水筒に入ったレモン水をもって現れた。

 屋敷内で見たこともない人間に領主ら三名が訝し気に視線を送ると、里藤は苦笑をしながら自己紹介を始める。

「どうも、本日よりお世話になる里藤と申します。配属初日で辺境伯様方の好みがわかりませんでしたので、とにかく量を用意させていただきました。お気に召したもののみ口にしていただいて構いませんので、気に入った料理はあとでオヴィニットさんやライシーにお伝えください」

 軽い調子で言った里藤とは対照的に、王族の宴会でも並ばない豪華な料理たちにボヌムたちは大いに委縮した。なにせ、知っているものといえばパンぐらいである。そのパンにしてもいつもの固そうなべったりとしたものではなく、艶があり多少の弾力がありそうなパンになっているので、皆の手が伸びないのも無理はなかった。

「リトーくん。すまないが、料理を一つ一つ解説してもらってもいいかね。何分見たこともないものばかりでな」

「ああ、そうですよね。まずは、皆様の前に配膳されている白いスープをクリームシチューといいます。コンソメといわれる大元のスープにミルクを混ぜてニンジン、玉ねぎや鳥肉を煮込んだ料理です。これだけはスープですので皆様の前に個別に配膳させていただきました」

 ボヌムが手元の皿に目線を落とす。そして、恐る恐る木匙でニンジンを掬って口に運ぶ。

「むっ」

 シチューの旨味とニンジンの仄かな甘みが口に広がった。ボヌムは意図せずして二口目を口にしていた。

「アナタ、どうしたの?」

「ミリアもポステも冷めないうちにいただきなさい。リトーくん、次の料理の説明を頼むよ」

 笑顔で続きをうながすボヌムに里藤は頷き、大皿に盛られている料理たちを紹介し始める。

「こちらは一口ビーフステーキ。ウシシ? の肉をウェルダンにした料理で、おろしニンニクのソースをディップしてお楽しみください」

「ウェルダン? ディップ? すまない、外国の言葉には疎くてね」

「いえ、専門用語を失礼しました。ウェルダンとは中までじっくりと火を通した状態の焼き加減です。ディップとは小皿に取り分けたソースにちょんちょんとつけることを差します」

「ほう。では、一切れ頂こうか」

「大皿の料理を取る場合は、使いの者に命じてください。辺境伯様にはオヴィニットさん、奥様にはエルイーザさん、ポステロス様へはライシーが担当します」

 里藤の説明が終わると同時にオヴィニットがボヌムの背後に立ち、テーブル中央にあるステーキを手早く一切れだけ切り分ける。そのまま取り分け用の平皿にステーキを盛り、ソースが適量入ったディップ皿を添えてボヌムの目の前へ配膳した。

「どうぞ」

「おお。こうすれば遠くにある料理も立ち上がらずに食せるというわけか」

 ボヌムの感動したといわんばかりの反応に、里藤は苦笑しながら肯定する。本心としてはわざわざ個別に皿をもっておかわりだの言われるのが面倒だっただけである。

「貴族様の食事は優雅であらねばならぬと愚考しまして」

「うむ。王都の豚どもと同一に見られたくないからな。いい判断だ」

 里藤は「ありがとうございます」と微笑んで次の料理を紹介する。里藤が三つ目に紹介したのはサラダの山だった。

「こちらはサラダ二種盛りです。まずはポテトサラダ。茹でじゃがいもを潰したものとキュウリと玉ねぎを混ぜてマヨネーズと呼ばれる液体に絡めた料理です。そちらのサラダはサニーレタスとキャベツの生サラダです。野菜そのままの味を五種のドレッシングでお楽しみください」

 またしても飛び出した専門用語に、ボヌムは笑って里藤に訊いた。

「ドレッシング?」

「おっと、またしても失礼しました。サラダをつけて食べる液体のことです。奥様側から皿から順番に胡麻ドレッシング、シーザードレッシング、クリームベースドレッシング、フレンチドレッシング、イタリアンドレッシングです。イタリアンドレッシングだけはニンニクがきつめなので、かけすぎると重くなりますのでご注意を」

 里藤の解説でどれを選ぶか悩んだボヌムがオヴィニットに訊く。

「ほう。オヴィニット、どれが私の口に合うと思う」

「胡麻ドレッシング一択ですな」

 きっぱりと言い切るオヴィニットに目を丸くするボヌム。その表情に笑いをこらえきれない里藤がいった。

「オヴィニットさんが胡麻ドレにドハマりしちゃって」

わたくしの人生の中でも、最高の出会いだと言い切れます。さぁ、ボヌム様、胡麻ドレッシングをどうぞ」

「待てオヴィニット、そんなにサラダを盛るな」

 主従のやりとりを横に置いて、夫人であるミリアが里藤に視線で続きをうながす。苦笑しっぱなしの里藤はミリアの気遣いをありがたく思った。

「残りの三皿は卵に薄く味付けしたものを整えたプレーンオムレツ、ひき肉を味付けし纏めてから焼いたハンバーグ、ナスとズッキーニとパプリカを煮込んだラタトゥイユです。以上で大皿料理は全てです。苦手な食材は遠慮なくお教えください」

「あら、次から抜いてくれるのかしら」

「いいえ。美味しく食べられるように別の方法で調理しますので」

 しらっと言い切った里藤に唖然とするミリアだったが、すぐに破顔してポステロスに食べるようにいった。

 ポステロスがライシーに「おいしいのどれー?」と聞く様を横目に、自身はエルイーザに大皿の料理を適当に盛れと指示した。エルイーザは持ち前の感性で取り皿へ綺麗に様々な料理を盛っていく。

「あら、上手ね」

 自らの盛り付けを褒めるミリアに「ありがとうございます」と返し、エルイーザはミリアの前に皿を並べた。同じ仕事でも対照的に肉ばかりを盛ってポステロスを甘やかすライシーへついでとばかりに殺気を飛ばす。殺気に驚きエルイーザを見たライシーに視線だけで野菜も食べさせろと伝達し、ライシーはしおしおと雲った表情でポテトサラダを取り皿の隅へ盛っていく。

 エルイーザはなんとも普段の粛々とした夕食とは違う光景に、今はもうない実家での団欒を思い出し、少しばかりの郷愁の念に駆られた。


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