コーンスープ

 行き道とは違い、馬での帰館となった里藤は苦痛の素であった馬車移動をしなくてよくなったおかげか体調に異常をきたすことなく厨房へ戻ってこられた。

 食材を買いあさったご機嫌な里藤が厨房へ戻って一番最初にやったこと、それは途中で中座していたコーンの処理であった。バターを中火で熱した鍋にボウル一杯のコーンを移し替え、昨晩のヴァレーヌィクを作ったときに余った玉ねぎのみじん切りを合わせる。玉ねぎがしんなりするまで炒めて、鍋に蓋をして弱火にし少しの時間蒸し焼きにする。そして、頃合いになったら水を入れ、煮立たせて蓋をして弱火で十五分ほど煮こむ。

 ここからが機械がない環境での地獄である。おそらく、以前なにかの草をすりおろしたであろう痕跡があるすり鉢に鍋の中身を入れ、すり鉢で滑らかにしていく。顔に血管を浮かび上がらせ、顔を真っ赤にして力の限りゴリゴリとすりおろしていく里藤。市場で買った荷物の一陣が屋敷にやってきたと伝えるためアマレが厨房へ訪れたときに驚いたのも無理はなかった。


「あのー……リトー?」

「なんだいアマレ」


 すりこぎを止めずに顔だけアマレへ向けて笑顔を作る里藤、それをみて通用口から一歩引くアマレ。知り合ったばかりの百八十センチを越える偉丈夫が勝手知ったる厨房で高速で棒を握った右手を動かすさまはアマレにとっていろいろな意味で衝撃的だったのである。


「あ、ええ、市場での購入品が到着してるけど、どこに置く?」

「屋敷の離れに食料備蓄庫があるといっていたな? 今日届くものはそちらに全て頼む。後ほど俺が整理する」

「承知しました。じゃ、また後で」


 そう言い切ると失礼しますと敬礼をしてアマレは屋敷の門扉へと駆けて行く。里藤はクアッドとは職務態度が大違いだと思い、自然と口角が上がることを自覚した。

 アマレが立ち去って数分ほどですりおろし切ったコーンと玉ねぎを鍋へと戻して、牛乳を加えて温める。お玉で攪拌しながらノリノリ鼻歌を歌っているリトーの元にまたしても訪問者が現れた。ディミトリの弟、デレクである。


「おはようリトー」

「おはようさん。お、パンをもってきてくれたのか?」

「朝食のパンは俺が受け取りに行く、これが仕事だ。他のみんなは忙しいからな」

「ほう、そういやドタバタしてまだみんながどんな仕事をしているかざっくりとしか聞いていなかったな」


 昨日オヴィニットがベリィの店から運んできたものと同じ長方形の木で織った箱を作業台の空いているスペースにどさりと置いたデレクが、空咳をして里藤にフラフラと右手人差し指を揺らしながら里藤に語る。


「領主館は安全のために信頼できる最小限の人員で回している。故に、一人一人の仕事が多い。兄者は領主館全体の警備配置プランニングと街の警備兵との安全策のすり合わせ、アマレは朝夕は街を走り回ってオヴィニット様に情報伝達を行い、メイドのミミとライシーに副従士長のエルイーザは一日中奥様とポステロス様にべったりだ。必然的に役目の薄い俺が雑用になる」

「へー、クアッドは?」

「逆に聞くが、屋敷の仕事にアイツが役に立つと思うか?」


 里藤は日本人の最終兵器である愛想笑いで誤魔化す。


「アイツは町人の受けがいいことと剣の腕だけで在籍を許されているようなものだ」

「そんなに強いのかクアッドの奴は」

「……認めたくはないが、兄者と二人がかりでも殺し合いならば一回も勝てないだろうな。剣技に関してはそれほどまでに他の従士と隔絶している」

「どんな奴にも取り柄があるもんだな。ほら、せっかくだし飲んでいきな」


 できあがったコーンスープに塩を加えて味を調整し、椀に注いでデレクへと差し出す。デレクはありがとうと口にして、木匙でゆっくりとコーンスープを啜った。


「……優しい味だ」

「そいつはなにより。朝飯は従者用の食堂に持っていけばよかったんだよな?」

「あぁ、朝食と夕食は食堂で食べることになっている。だが、今日からミミが復帰する、食事の運搬は彼女に任せるといい。間違っても昨日のようにオヴィニット様に頼んでくれるな。寿命が縮まる」

「ははは。おう、わかったわ」


 ペロリとコーンスープを食べ終えたデレクは、ごちそうさまと言って館の中へと消えていった。

 全て飲まれて綺麗になった椀を見て、里藤は笑顔を作る。朝食はコーンスープとパンを出して、夕食には豚肉を使ってたんと美味いものを作ってやろうと里藤は心の中で近い、お椀を水場に置いたのだった。


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