市場-4

 辺境伯領のギルドは、いわゆるジャパニーズファンタジーでテンプレートとされる粗雑な雰囲気とは程遠いものである。

 職人街と市場通りの中間に存在する白漆喰で仕上げられた美しい建造物を拠点とする辺境伯領ギルドは、乱暴者の集まりというよりは現代日本における役所のイメージに近く、里藤はどこか懐かしさを覚えながら入口から中を見回した。

 そのさまをおかしく思ったのか、クアッドはクツクツと笑いながら、


「どうしたリトー、いきなりお上りさんみたいな反応して。そんなにギルドが珍しいか?」


 そういって里藤の様子を弄る。

 里藤はそれを歯牙にもかけずに、入口正面の三つ並んだ窓口をジッと観察したり、掲示板に貼られた里藤には読めない言語の張り紙の山を触ってみたりとどこか浮ついた行動ばかりとっていた。

 明らかにおかしい里藤の様子に、からかうことをやめたクアッドは心配そうに里藤に声をかける。


「おい、本当に大丈夫か?」

「……あぁ、妙に懐かしい雰囲気でな。故郷にある施設に似ていたから、つい……な」

「へぇ、やっぱどこの国でも似たようなもんがあるんだな。まぁ、思い出に浸るのもいいけど先に用事を済ませようや。あそこのカウンターで依頼できるからよ」


 クアッドはグイグイと里藤の腕を引っ張って入口正面の窓口で待機している男性職員へと彼を導く。

 カウンターを挟んだ向こうに待機している男性は頭を全て剃り上げているスキンヘッドで、相対する者を無意識に威圧してしまうほどの偉丈夫であった。そんな彼に物怖じせず、クアッドは軽い口調で話しかける。


「おっすダニエル、依頼をしたいんだけどよ」


 クアッドのゆるい態度に男性は口角を少しあげて、


「領主様の代行かクアッド? なんにせよ、受け付けはしてやれるが春の出稼ぎ軍団入れ替わりのシーズンだからどんな依頼でも時間はかかるぞ?」

「あー、そうか、もうそんな時期か」


 あちゃー、と額をペチンと打ってクアッドは嘆息した。

 里藤は急に出てきた珍妙な単語が気になり彼に尋ねる。


「出稼ぎ軍団入れ替わりシーズンってなんだよ……」

「いやな、辺境伯領は王都からかなり離れているわけだ。当然、元から住んでいる奴ら以外は旨味がなければ人が寄り付かねぇわけよ。だから結構な額の補助金を出してギルドの報酬に上乗せしてんだわ、だから人が各地からやってきて出稼ぎをするんだが。このシーズンにだけ王都のギルドと連携して大規模な長距離横断のグループ移動を行って、安全を確保したうえで出稼ぎから帰る者や新たにやってくる者を交換するわけだな。

 つまり、出ていった奴らがおらず、新たに仕事をする奴らもいないこの状況だとギルドで仕事を受ける人員は必然的に少なくなるよな? それに加えて、モトルでは大森林近くで固定の仕事についている奴も多いわけだ。そこから導き出される答えは」

「未遂行の依頼の山ってことか」

「ご明察。どうする、数週間もすれば俺たち従士隊が大森林の調査に向かう、そのときでいいならついでに採取してくるが」

「そうだな……出稼ぎの人たちがやってくるのはどれくらい先だ?」

「だいたいだが、まだ四十日はかかるな。大集団なのもあって一日の進みが遅い」

「……今回は遠慮しておこうか」


 流石に四十日は待てないと、かぶりを振って依頼をすることを拒む里藤。受付のダニエルと呼ばれた男性はだよなと言って、取り出しかけていた依頼書を下げる。

 代わりに、ダニエルは忙しくなく暇なのかクアッドに雑談をもちかける。話題は見慣れない男の里藤についてだ。


「ところでそっちの旦那は?」

「こいつはリトー、領主様の雇った凄腕料理人だ」

「あぁ……コスタディアが王都に行っちまったからか」

「そういうこった。……そうだ、オヴィニットさんに頼まれてたことがあるんだ」


 そういって、クアッドは四つ折りの紙をダニエルに渡す。

 それをダニエルは周りの人間に見えないように確認し、数度見直してから懐にしまった。


「了解した、ギルド長に話を通しておく」

「頼んだわ。俺の用事も済んだし、そろそろ領主館に戻ろうかリトー」

「そうだな。日も高くなってきたし、朝食の準備をしないといけないしな。ダニエルさん、依頼が滞りなく達成できる環境になったら連絡をいただいても?」

「間違いなく領主館へ知らせを送るよ」

「よろしくお願いします」





「そうだ、最後に一軒だけ寄ってかないか?」

「どうした急に」


 ギルドを出て数歩のところでクアッドが不意に思いついたと言わんばかりに提案をした。彼が指さすのは真っ白なギルドの建屋から二軒隣の小さな個人店。その店がいったいなんの店なのか理解できない里藤だったが、クアッドはそんなことも気にもかけずに「いいからいいから」と里藤の背中を押して強引に入店する。案の定、ピンク髪の店員が準備中だと控えめに退店をうながす。


「ちょっとだけでも見せてくれよリゼ。こいつあんまり市場に来れないかもしれないからさ」

「クアッドさん、ルールはルールなので……」

「そうだぞクアッド、生鮮を扱う店はともかく、この店はおそらく魔具の店だろう? 早朝の開店前に押しかけるのは迷惑だ」

「ええっ、おまえもそっち側かよ!」

「当たり前だ。おまえの礼儀知らずはこれまでの道程でしかと理解したからな」


 理屈をこねまわして居座りそうなクアッドの襟首を掴み、里藤が退店しようとするとピンク髪の店員、リゼと呼ばれた彼女が里藤を呼び止める。


「あのあの、お昼に来てくだされば開店していますので……」

「ありがとうお嬢さん、時間が合えばお邪魔させてもらおう」


 正直なところ用事もないので完全な社交辞令である。



 魔具店からクアッドを引きずり出し、里藤は首根っこをつかんで馬借への道を歩く。


「なぁ、離してくれよ」

「もう人に迷惑をかけないな?」

「かけないかけない」


 里藤はぱっ、と襟を離しクアッドを解放する。重力に逆らえなかったクアッドは土がむき出しの道路に尻もちをつく。

 あいてて、と体についた土を掃ってクアッドは立ち上がる、里藤はそんな彼に対して厳しい目つきで、


「さすがに市場の人間の迷惑を無視しすぎだぞクアッド。もうすぐ日が昇るとはいえ、準備中の店舗に押し入って接客を求めるなど盗人と変わらん」

「……悪かった。リトーに色んなもんを見てほしくて興奮してたわ。今度みんなには謝っとく」

「そうしろ。そのときは俺手製の菓子をもたせてやるから」

「ええ!? おまえ菓子まで作れるんのかよ!」

「……砂糖がないのに菓子があるのか?」


 素朴な疑問が里藤から飛び出す。


「そりゃ王都には甘いもんにうるさい貴族様がいるからな。滅多に見るもんじゃないが作られた菓子は存在するぜ。モトル人はもっぱらリンゴやバナナを甘味にするけどな」

「なるほど……食が洗練されていない理由はそれか」


 顎に手を当てて鋭い目つきの里藤がうんうんと一人で頷いて納得する。クアッドはその様子を不思議そうに眺めて、


「なにがわかったんだ?」

「おまえらが粗末な食事で体を維持できていた理由だよ。クアッドたちは野菜や果実を生食することが多いだろ?」

「おう、パンとスープと肉以外はだいたい生ばっかだ。あっても塩をかけるぐらいか」

「おそらく栄養のバランス自体はいいんだよな……卵も生で食べるのか?」

「食うやつもいるな。ほとんどの奴がスープに入れるか茹でるけど」

「そうか、パンを米に変えれば一昔前の日本人と似た食生活になるな……」

「ぶつぶつ言ってるとこ悪いけどよ、馬借に着いたぞ」


 そういってクアッドは里藤の左肩をポンポンと叩いて、目的地への到着を知らせた。

 馬借では緊急で借りた馬車へせっせと馬借の従業員たちがとてつもない量の荷物をひいひいと言いながら積み込んでいる。監視のために残っていた兵士たちは改めて見たその膨大な荷物の量にかなり引いている。


「こんだけ買って使いきれるのか?」

「足りないぐらいだよ。調味料の仕込みでほとんど消える。さぁ、帰ろうや。おまえもディミトリにしごかれるんだろ?」

「うげ、思い出させんなよ……」


 このあとやってくる鬼の訓練を想像し、クアッドはげんなりとした表情でうなだれるのであった。



 

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