カラダは敵でもココロと共に

森羅ユイナ

カラダは敵でもココロと共に

 その人は頑張っていた。

 どれほど大きな悩みがあっても、内側に押さえつけていた。


「普通でいよう」と、命を削って笑っていた。

 だが、その人のカラダはソレを許さなかった。


 何の前触れもなく現れ、理不尽に襲い掛かってくる。

 時には頭に針を刺し、時には首を強烈に締め上げ、時には心臓を掴んで離さない。


 カラダだって自分の一部だ。お前がそうしたければ、潔く諦めて受け入れよう。

 クスリを飲んで嵐が過ぎ去るのを静かに待とう。

 しかし、そう振る舞ってもお前は容赦しない。


「死にたいだろ? 死んでいいぞ?」


 カラダが語り掛けてくると、ココロは目を伏せて言った。


「私だって死ねるものなら死にたいさ。けど、死んじゃいけない」


「おかしなことを言う。死にたければ死ねばいいさ。誰も止めはしない。手段だって山のようにあるだろ? すぐに思いつくものも、いっぱいあるだろ? 苦しいのから苦しくないのまで無限に選べるだろ?」


「……けど、死んじゃいけない」


「なるほど分かった、他人のことを気にしているんだろう。自分が死んだら悲しむとか、迷惑をかけるとか……これまでの恩を返せていないとか、そんなしょうもない義理に後ろ髪を引かれているんだろう。くだらない」


 カラダが笑いながら手を伸ばしてくる。

 その手が触れる寸前、ココロはサッと後ろに下がって呟いた。


「まだ、死ねない」


「まだ……か。じゃあ、一体いつになったら死んでくれるんだ? 俺はあと、何回ちょっかいを出せばいい?」


「それは分からない」


 ココロは再び目を伏せ、両手の拳をギュッと握りしめる。

 それを見たカラダは、退屈そうにあくびして言った。


「今日はもうダメだな。こんだけ弄ってやってるのに、ろくに反応すらしてこない。こうなっちまったら、死んでるのと変わらない……生きる屍だよ。また今度、気が向いたら来るからさ。そん時はもう少しいい反応見せてくれよ……それまで生きてりゃの話だが」


 カラダはそう言うと、ココロに背を向けて離れていった。




 しばらくして、その人に平穏が戻ってきた。

 五感に訴えかけてくるものを不快に感じることもないようだ。


 どうやら、今日も勝てたらしい。しかも圧勝。

 これで一体、何連勝だろう? そんなこと、いちいち数えていられないから覚えていない。


「ありがとう。君が耐えてくれるから、私も諦めずに踏ん張っていられる」


 その人は頬を手で拭って、そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カラダは敵でもココロと共に 森羅ユイナ @yuina-S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ