『深淵の牢』

白井きなこ

『深淵の牢』

【零】

 こんな雨の中、遠い所までよく来てくれたな。いやいや、構わんよ。多少遅れても怒りやしないさ、来てくれただけで嬉しいよ。若隠居ゆえ暇を持て余しているしな。ささ、上がった上がった。

 こういった家は初めてか?……ああ、なるほど。あの村を見に行った際に見たのか。確かに、あの集落は日本家屋が多いからなぁ。土地だけは広いから、萎びた木造建築が山ほどあった。

 ああ、そうさな。最初は都会のアパートに引っ越したんだが、落ち着かなくてな。事件のことは思い出したくもないのに、どうしても似た家に引っ越してしまった。

 こればかりは、血だ。夢に見るのに、苦悩するのに、住み慣れた環境を求めるんだな。またこんな鬱蒼とした場所の鄙びた家を買ってしまったよ。

 君はどうだ、学生アパート住まいか?……そうかそうか、一人暮らしは楽しいかい?友達はいるか?俺は大学生活を孤独に送ったものだからなぁ、年下の多福を願ってしまうのさ。年寄りくさいけどな。

 おっと、長々と話しすぎたな。きちんと話すし質問には答えるさ。

 さて、何から聞きたい?俺は学があるわけではないからな、そう上手く答えられるかはわからんが――あの事件についてなら、ちと他よりは詳しいよ。


 

【一】

 ああ、名乗るのを忘れていたな。俺は――という。イニシャルで表記してくれるんだったな。そう、俺は事件の起きた集落の人間だ。そこらへんは、もう調べてくれているからわかるんだろう。ああ送ってくれた記事を見たよ、君は優秀なライターなんだってな。大学生をしながら、現役で物書きをしているなんて感心するよ。最近の若者はレベルが高いよなぁ、俺など君くらいの年頃のときはふらふらしていたよ、都会が楽しくてな。

 ……と、まずいまずい、また脱線するところだった。ひとりで長く暮らしていると独り言ばかりになって上手く話せんな。ん、まだ若いのに年よりくさい、と?はは、外に出ていた時期もあるが、やはり引きこもって長いからなぁ。

 さて、事件の背景をもう一度攫おうか。そして、君の認識と擦り合わせるといい。乖離が出るかもしれないが――まあ、当時者ではあるが狭い視点からの話として聞いておくれ。オーラルヒストリーとやらのひとつとしてな。

 

 十三年前。とある集落で、ひとりを除いて住民全員が殺害される事件が起きた。君もご存知の通り、凄惨な事件だったよ。限界集落で若者が少ない集落だったが、一年に一度に祭りがあった。一年に一度だ、娯楽の少ない地域では大きなイベントでな。集落のほぼ全員が集まった。

 そして、そこで振る舞われた御酒に毒が入っていて、一族郎党、集落の人間は全滅した。数少ない子どももどうすることもできんでな、銃殺されたよ。

 俺は祭りに参加した『ほぼ全員』に含まれないたったひとりの子どもだったから、死なずに済んだ。運が良かったんだなぁ……その日は熱を出して寝込んでいて、家にいたんだ。

 俺は看病をしてくれていた母親が「挨拶だけしてくる」と言って帰ってこなかったから、ふらふら集会所まで降りてみた。

 すると、どうだ。知り合いが全員血やら吐瀉物やらに塗れて死んでいたよ。苦しんだ後で玩具みたいに関節が曲がっていてな、まるで人形のようだった。最初は理解できなかったよ。

 近所の正ちゃん……ああ、近所の男の子でな。当時、小学六年生だったと思うよ。大きな体躯に見合わない、襤褸のランドセルを背負っていたから。愚図ではあったが悪い子ではなかったよ。俺が怪我をしていたら泣いてくれるような優しい子でな。意思は弱かったがそこもまた……いや、そんな話はいいか。その子の泣き叫ぶ声がしたかと思ったら、次の瞬間には途絶えていた。子どもの身体というのは軽いな。駆け出したところをぱんと背後から撃ち抜かれて、ゴム毬みたいに跳ねていったよ。そして、縋りつこうとした母親の身体に重なって、しばらくびくびく痙攣して動かなくなった。

 目の前でそんな光景を一部始終として見てしまって、俺は一周回って冷静になったさ。鉛玉一発で人間は死ぬのだなぁと考えていた。

 弾の跳んできた先を見上げると、狩猟用の銃を携えた男がいた。彼は新しく集落に引っ越してきた人でな、小説家だった。

 まあ、思い詰めたんだろう。小説家だの哲学家だの、思想家は自分の想いに溺れて死ぬ生き物だ。集落の皆との交流も薄かったのだろうな。気の毒なものだが――罪の重さには比例せんよ。彼は皆を殺した。血みどろの着物を見れば、それは明らかだった。彼は俺の顔を見て、銃口を自分の顎に当て、撃ち抜いた。一瞬のことだったよ。

 後に残ったのは、死体の山と、何も理解できずに残された俺。しばらく呆然としていたと思うが、慌てて駐在所に駆け込んで電話をかけた。震える指で、はじめて。

 ……ああ、俺は電話をかけたことがなかったんだよ。家には電話がなかったからな。必要がないと言われていた。あの集落全体に、電話がなかったんだよ。外部と連絡をとる手段がなかった。

 そして、警察が来てくれて保護されて……今に至る。天涯孤独となってしまったのだが、事件を担当した刑事さんが養父となってくれたんだ。僥倖だったよ――あの事件は痛ましかった。思い出したくもない。

 

 しかし、保護されてからの日々は幸せだった。養父は熱心に俺をみてくれた。彼の妻――養母も、とても優しかった。もとより子どものいない夫婦だったから、俺を実の子のように可愛がってくれた。本当に優しい父母だった。

 ん?……あぁ、その父母も昨年に亡くなったんだ。水難事故でな。定年退職してすぐに船旅に出たんだが、嵐に巻き込まれてしまって。

 ああ、気にしないでくれよ。父母と聞けば、その近況を聞いておくのが物書きとしてのマナーさ。君は正しい、立派な社会人だとも。気にするものじゃない。

 話が逸れてしまったな。しかし、話せるのはこんなことだけさ。

 集落に馴染めなかった小説家が発狂して、地域の祭りにかこつけて全員を殺した。彼の行動で集落は滅んだ。

 ……ふむ、俺がどうして生き残ったか、と。

 わからないな、今でもずっとわからないよ。あの小説家がなぜ俺を殺さなかったのか――預かり知らぬところだ。俺が知るわけもないだろう。俺はただの生き残りなのだから。


 

【二】

 事件については、これくらいだが――君は、まだ聞きたいことがあるようだな。

 うん、聞こう聞こう。なぁに気にするな、忘れたい事件ではあるが――あまりに劇的で、俺の中であれは劇画のようなんだ。いっそ非現実的なまでに。何度も何度も警察やメディアから語らされたものだから、最早おとぎ話のようにもなっているんだよ。

 確かに、おぞましい記憶だ。しかし、無味乾燥の記憶なんだ。もう何度も何度も語ってきて、口からすらすらと諳んじられる。君にだってそういう言葉があるだろう、ぐるぐると身体をかき混ぜられてもすらすら諳んじられるような言葉がな。たとえ嘘だとしても諳んじられるような言葉が。

 ……ああ、雨が強くなってきたな。君、今日は泊まっていくといい。遠慮はしなくていいぞ。雨が強すぎると川が増水して、流されるからな。本当だぞ。田舎を舐めるなよ都会っ子、自然はばけものなんだ。

 さて、何を話していたんだっけな。

 うん?地域の祭りについてか?

 さして面白くもないと思うが――そんな所まで聞くんだな。まあ、ライターなら必要な目付けか。

 ならば話そうか、祭りについて。あまり、他所とも変わり映えはしないと思うがな。


 あの集落の人口は当時約四十人。そんな状況で子どももほとんどいないとなれば、祭りなんぞ継続できないものだ。しかしこの集落ではやる必要があったんだな。集落継続のいちばんの目的が、祭りであった訳だから。

 あの集落は信仰によって成り立つ村だった。神を祀り上げ、繁栄を願い――もう繁栄など望めない村だった訳だが、言い分は必要でな。信仰というものを縁に、あの村はかろうじて自我を持って成り立っていた。信仰がなければ、あんな鄙びた集落はとっくに廃れていたろうよ。

 信仰されていたのは土着神だ。どんな神様なのかはさして知らないが、皆からは単に『神様』と呼ばれていたよ。

 清らかで、人々の願いを受け止めて、結束を高めてくれる神様だった。今改めて語ると、神というより、何かのはけ口のようよなぁ。ひとつのものに願いや不満を傾け、同士討ちを避ける。あれはひとつの天秤であり、均衡を保つ装置だったんだ。しかし、それがいつのまにやら目的化したのだろう。神を信仰するためだけに、願いを吐き出すためだけに、祭りは続いていたよ。

 ……神の姿?さあ、知らないな。偶像崇拝ではなかったからな。その姿を拝んだことはないよ。もとより、神というものは想像上の存在だろう。

 祭りの内容だが、他所のとさして変わらないのではないかな。祝詞をあげ、神楽を舞い、子どもたちのために菓子が振る舞われ、大人は酒を飲み――ああ、本当に平凡な祭りだよ。何も特徴はなかった。

 そんなものだよ。なんの面白みもないだろう?残念ながら、全国紙に載る大事件であっても実態は地味だ。世の中、いつだってそんなものだろう。

 

 ところで、俺の顔に何かついているかい?失礼だが、先ほどから穴が空きそうだよ。何かしてしまったかな、俺は。

 ……見惚れていた?はは、それはそれは……いやはや、照れるな。確かに顔立ちを褒められることもあるが、君のような好青年に好いてもらえるとは思わなんだ。少々照れるなぁ。

 ……で、で、で、だ。俺の顔のことはいい。祭りについて、気になることはあったかな。

 

 ん……それは何だ?えらく荒れた場所の写真だな。これは一体……そうか、座敷牢。痛ましいものだな、歴史の果てに葬り去られたものだ。これがどうしたんだ?

 この写真の場所がどこか知っているか、と?

 いやいや、知らないな。集落生まれではあるが、そういった因習じみたものに詳しい訳ではないからな。こんな場所は知らないよ。ああ、見たこともないとも。

 ……ああわかった、わかったよ。そんな目で見ないでくれ。再度口を開くべきときだとは思っていたんだがなぁ。

 君はライターだ、そりゃあ細かな記事まで調べているだろうね。当たり前に、俺が事件直後に一度だけ警察に証言したことも知っているだろう。そんな君に隠しごとをしようとしたことが馬鹿だったな。ああ、大丈夫さ。引き受けたからには、きちんと話そう。

 

 あの集落には、座敷牢があった。閉じ込められていたのは、『神様』だ。悪かった、あまり神様のことについては思い出したくもないから、見たこともないと嘘をついてしまった。あの村の退屈で変わり映えのしない、おぞましい一面を振り返ることになってしまうからな。

 あの集落は、とある生き物を『神様』として閉じ込め、信仰していたよ。

 その生き物はひと目見た者誰もが無条件に美しいと思う少年だった。生き物――と呼称するのは、それが人間かどうか怪しかったからさ。多分、人間ではなかったんだろうな。彼の身体には鱗が浮かんでいた。栄養失調になってもおかしくないのに、いつまでも透けるような肌をしていたしな。姿もほとんど変わらない。まるで人魚のようだった。

 彼がいつからそこにいたのかはわからない。しかし、村の人間は彼が閉じ込められていることを是としていたし、彼を願いのはけ口としたよ。

 ……願いのはけ口、と言ったな。まあ、深くは語るまいよ。美しいばけものが閉じ込められていて、娯楽の少ない環境。至る結末は知るところだよ。

 俺は幼かったが、大人たちが夜な夜な後ろめたそうに、しかしどこか嬉しそうに出かけていく姿を見ていて気づいたよ。あれはな、ばけものを貪るために出かけていたんだ。慰み者にしていたんだよ。神とは名ばかりだな。

 きっと、俺も適当な歳になったら、神を差し出されていたんだろう。さっき語った正ちゃんは、もう早くにばけものを慰み者にする権利を貰っていたよ。きっと、あそこの家の軽薄な父親にでも促されたんだろうな。

 あの集落は、美しい神を貪るためだけに続いていた。

 反吐が出るなぁ。滅んでよかったのかもしれないな。君はどう思う。あの集落は滅んで当然だった、最良の結末だとは思わんか?くだらないことだけのために存続する退屈すぎる村など、滅びて当然だ。

 ……はは、答えづらいな。すまない。でも、俺は少しよかったと思っているよ。だって、悪趣味の連鎖が途絶えたんだからな。

 ……祭りはその神様を鎮めるため、普段の狼藉を許してもらうための日だった。といっても、神様はその日も座敷牢の中だ。祭儀とは名ばかりの、結局は住民が自分たちを納得させるための行事だった。神には酒が振る舞われていたが、味なんてしなかったろうよ。普段から退屈で苦痛だらけの劣悪な環境だ――感性なぞ死んでいたんだろう。

 事件のあと、神はどうなったのかって?

 それが気になって、俺も見に行ってみたんだ。すると、座敷牢の扉は開いていたよ。中には誰もいなかった。

 誰が、扉を開けたのか?……世論は、それを小説家ということに落ち着けたな。結局、残っていた指紋も小説家のものだったし。君は、別の推理があるのかい?


 

【三】

 小説家について聞きたい、か。

 あの人との付き合いは、そこまで深いものではなかったよ。近所に住んでいたから、挨拶程度はしていたが。

 とにかく、陰気な人ではあったな。陰気で、繊細で、どうしようもなかった。繊細で神経質で、見ていられない男だったよ。創作に行き詰って田舎に引っ越してきたようだが、それは悪手だったろうな。地域住民と馴染めず、引きこもって過ごしていたよ。

 もちろん、彼には『神の恩恵』は与えられなかった。神にとっては幸いよな、新しく受け入れる相手に陰気な男が加わらなかったんだから。

 

 しかし――小説家は、神に会ってはいたし、えらく執着していたようだ。

 彼の遺作を読んだか?ああ、あれは凄まじいものよな。支離滅裂だし、殴り書きみたいな文章だ――俺も正直気持ちの整理がつかんでな、すぐには読めなかったが、出版されて数年後に読んだよ。あれは、執着の記録よな。

 

 ……ん、構わんよ。食べてくれ、ご近所さんからいただいた茶菓子だ。皆ここの人は親切でな、新参者の俺に対しても親切にしてくれるんだ。よく食べ物を貰ってしまう。おかげでよく育った。ああ、俺はいいぞ。今日は君が客人なんだからな。

 それに、正直、よく食べ物をいただけるのは嬉しいんだが、味がわかりづらいんだ。俺はあまり味覚が働いていないタイプでな。まあ、そういうこともあるだろう。生きているだけで御の字だからな、俺は。

 

 ……それで、小説家の遺作。なんという本だったか――ああ、そうそう。『深淵の牢』か。あの内容にしてセンスのないタイトルよなぁ、手垢がついている。まあ、その本だが、読んで君はどう思った?

――うん、うん、そうだな。俺もそう思ったよ。

 あの小説家は、神を自分の運命の存在と見ていたようだ。

 

 己の運命。愛おしいひと。可哀想なうつくしいひと。ここからすぐに出してやるから待っていろ。一緒にここを出よう、村の奴は俺がみんな殺してやるから。俺は村の奴らと違う、あなたを大事にしてやれる。人間にしてあげられる。

 

 ……とな。そんなことを書いていたか。いやはや、純愛よな。どこまでも透明な愛情だ。いっそ気持ちが悪いくらいだが――あの村の中ではまともな感性をしていたほうなんじゃないか?住民に迎合しなかっただけでまともだろう。愛に呑まれ、狂ってしまってはいたようだが。

 ……恋に狂ってしまった男ほど、愛おしくて愚かな者はいないよなぁ。性愛と欲に溺れた住民以上に愚かだと思うよ。その愚かさは、愛すべきものだ。可愛いよ。きっと、神も小説家を可愛いと思っていただろうさ。それなりに、ほどほどに、最低限は。あの狭い世界では、尋ねに来てくれる小説家だけがよすがだったのだから。

 

 なぁ、君は神が小説家に何を望んでいたのだと考える?

 うん、うん――そうだな、「座敷牢から出してほしい」と望んだんだろう。もしくは、「自分を慰み者にした住民を殺して」と請うたのかもしれないな。小説家のあの遺作からもわかるよ。だがな、俺はあれを駄作だと思っている。愛すべき駄作だ。

 俺は違うと思っているんだ。神は、小説家に「ここから出して」なんて悲劇のお姫様じみたことを頼んでいない。

 きっと神は、自分に魅了され破滅していく人間を楽しんでいただけさ。普段尋ねて来る同じような、飽きて飽きて仕方ない住民とは違った種類の男が来て、面白いと思ったんだろう。男がどう狂っていくのか見たくて、毎日のように、男の望む偶像として振舞ったのだろうよ。

 そうしたら、ああだ!集落はめちゃくちゃ、住民は殺され、あとに残ったのは腐り果てていく死体だけ!

 つまらないものだよな。案外簡単に人間はタガが外れるし、長くは遊べなかった。神はさぞかしつまらなかったろうよ。人間は、あまりに脆いよな。心も、体も。

 愛欲に塗れた人間とて最初は楽しめたが、すぐに飽きた。次の人間の持つ純愛はどこまで保つかなと思っていたら――こんな形ですべてを破壊してしまうとはな。あっけない。

 

 ああ、すまんすまん。興奮してしまった。事件のことは忘れたいと思う日も多いが、こうして尋ねてもらうと思い出すことも、想うことも多いんだ。訴えたいし、話したくて仕方なくなる。口から言葉が飛び出して止まらんものだな。

 あの事件は一瞬のものだった。しかし、それまでに積み重ねられた悲劇の数は多く、尾を引いている。俺の中ではあの事件はまだ終わっていないよ。永遠にあの日の光景は脳裏に焼き付いている。いつまでもいつまでも、繰り返されている。

 だからこそ、そろそろおしまいにしたいんだ。君のような、正しい言葉を紡ぐひとにこんなことを言うのは心苦しいが、これまでに話した俺の推理は載せないでほしいな。事件のことはいくらでも語ってくれ。しかし、新たな情報、なんていうのは世間に公表しなくていいよ。スパイスひとふりの考察、くらいで済ませてくれ。もうおしまいにしたいんだ。

 さもなくば、新しい物語を始められないだろう?


 そういえば、君の雇い主――事件を追っていた刑事さんが、今は探偵をしているんだってな。聞いたよ、その人に俺へのインタビューを頼まれたんだろう。あのひとはまだまだ事件を追っているんだってなぁ、小説家のほかに真犯人がいるのではないかと予測しているらしいな。例えば、神様、とか。

 しかし、神はもういないのになぁ。少なくとも、あの座敷牢に引きこもっていた神はいないのに。

 彼に伝えてくれ、「もうゆっくり休んでくれ」と。長く長く眠ったほうがいい、気を張り詰めていては人生はつまらなくなってしまうからな。君が休めるようにしてやってくれ。伝えて、ゆっくりゆっくり、休めるように手配してやってくれよ。


 どうしたんだ、君、もう帰るのか?

 インタビューはこれだけでいいのか。それに、雨がひどいぞ。帰れるはずがない。本当に悪手だぞ、そのまま帰るのはおすすめしない。一晩泊っていきなさいと言っているじゃないか。

 

 ああ、あんなに急いで。あっという間に出て行ってしまった。若者の時間というのは早いな。あっという間だ、あっという間。もう少し話したかったんだが。

 でも、こうして話すと刺激になるな。長い人生、対話は必要だ。

 しかしまあ、あまりに沢山話しすぎてしまったかもしれん。少しだけ、口を閉じてもらうように話し合いをしよう――対話の続きは、閉じた『深淵の牢』で。


 と、やはり陳腐だな。口に出すのも恥ずかしい。

 あの男はセンスがなかった。俺がわだつみのいきものだからと、あのタイトルはないよなぁ。やはり小説家は向いていなかったんだよ、あいつは。


 

【四】

 〇月×日、△県●市○○群において土砂崩れが発生し、軽自動車が巻き込まれる事故が発生しました。

 運転していた●山×郎さん(21)は、発見時に死亡が確認されました。

 

 車は十メートル以上滑落していましたが、●山さんの死因は溺死で、発見時は全身が海水で濡れていました。魚の鱗のようなものが付着しており、他殺の線も考えられています。

 警察は原因を捜査中ですが、今のところ新たな情報は得られていません。引き続き……

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『深淵の牢』 白井きなこ @shirai_kinako

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