自己防衛の接吻は未だ熱を孕んで。

「別に、少しだけ傍にいるだけでいい」主人公はそう発言するが、その端々からは何処か淡い期待が感じられる。所謂LGBTQは近年のトレンドだが、実際主人公と近しい思いを抱える人も多いだろう。主人公もその風潮を理解し、自分の思いを隠して生きている。写真の彼女にキスをするのも、それで満足することで自分が傷付かないようにするためだろう。ただ胸に秘めた熱は膨張していく一方で、心の何処かにもし彼女と一緒になれたならという考えが透けてくる。だから花梨から他人への恋心を打ち明けられたとき、想像以上のショックで会話の内容すら朧気だったのだろう。ただ、彼女は失恋したわけではなかった。熱は未だ高ぶるばかりで。もし自分の好きになった人が男だったら、もし自分の思いを素直に打ち明けられていたら。言わば恋に呪われた彼女が、溜まった熱を発散する方法は、写真の彼女に口吻をする事だけだった。

心切なくなる一作。