あなたの写真にキスをした
半チャーハン
第1話 花梨
キーンコーンカーンコーン。
下校時刻を知らせる鐘が鳴った。変に耳に響く、どこか嫌な雰囲気の鐘。
学級委員が号令をかけるのを、どこか遠いところで聴く。ガヤガヤとお喋りを始めるクラスメイトたちの声も。
少し前の私なら、タラタラと帰る準備をし、人の流れに押し出されるように昇降口まで向かっていた。
今は違う。爆速でバッグに教科書を詰め、そそくさと教室を出た。
向かうは一階。『みんなの思い出』が貼り出されている、階段を降りてすぐのところ。
三年生のコーナーには、この間行った修学旅行の写真がぺたぺたと貼りつけられていた。
あなたの写っている写真は、少し上の方にある。背伸びをして、口づけをした。
インクの匂いがして、温度のない紙が唇に張り付く。ペりりとお互いの唇を剥がした瞬間に階段を下りてくる男子の集団の声が聞こえた。
ほっと胸を撫で下ろす。自分のしていることの大胆さに、今更ながら心臓の音が速くなっていくのが分かった。
写真を眺めているフリをして、男子の集団をやり過ごした。少し経ってから、私も靴箱に向かう。
靴箱で上履きを脱いでいる間にも、目は無意識にあなたの名前を探した。
『
その文字が並んでいるのを見ただけで、どこか特別な気持ちになる。
私は今、猛烈に彼女に惹かれてしまっているんだけど、彼女と私はもともと仲が良かったわけじゃない。
初めて話したきっかけは、私が修学旅行の班決めで余ってしまい、花梨率いる第一軍に組み込まれることになってしまったことだ。
私は班に迷惑をかけないように、せめて空気を壊すようなことはしないようにと、話し合いのときも何か発言したりはせず、黙って微笑みながら頷いていた。
ほとんどの人は私をいないように扱って、たまに話しかけるのは気休めの「それでいい?」だった。
最初から答えの決まってる、中身のない質問。陽キャに意見できるなら陰キャやってないし、そもそもどうでも良かった。
唯一、他の子と話すのと同じような温度で接してくれたのは花梨だった。
差別意識なんて誰もが持ってるもの。無意識に誰かを下に見たり媚びを売ってみたり、分類してる。そういうものを、花梨は一切感じさせなかった。
「ねえねえ
向けられた無邪気な笑顔。
「枕投げ、紗枝も参加しよーよ!」
彼女は誰にも分け隔てなく優しく接する。
「八ツ橋おいし〜!」
どうやったって私が特別になることはできないのは分かっているのだけれど、それでも惹かれていた。
外に出ると、光が容赦なく照りつけてきた。太陽が出しゃばる季節だ。火照る顔を手で仰ぎながら歩き慣れた通学路を進む。
暑さで頭がやられてしまったのか、こんなときに話し相手でもいれば少しは気が紛れるのだろうか、と考えてしまった。
馬鹿だな、と自嘲する。話し方も分からないくせに。でも、その話し相手が花梨ならとても嬉しいと思った。
そんな、叶うわけもないささやかな願望だったのだが、どういう神様の気まぐれか、後ろから声をかけられていた。
「さ〜え」
「ほぇっ!? か、花梨·····ちゃん」
振り向くと、なんとそこに立っていたのは花梨だった。一瞬、頭が真っ白になった。だって、まさか本当にこうなると思ってなかったから! 自分から願ったことではあるんだけど、まだ心の準備ができてない!!
「アハハッ、めっちゃ驚くじゃん」
緊張しまくる私の心境など完璧にスルーで、花梨は話し出した。
「いやあ、今日用事があって、急いで帰らなきゃでさ。ボッチで寂しいなーって思ってて。そしたら、修学旅行でおんなじ班になった紗枝ちゃんがいるじゃないですかって」
身振り手振り離した後、花梨は自信なさげに小首を傾げた。
「迷惑·····だったかな?」
その表情はズルいっ!!
「い、いやいやそんな。むしろ私こそ話しかけてもらって感謝というか。あの、花梨ちゃんと、仲良くなりたいって思ってたから·····」
最後の方は、もう消えてしまいそうなか細い声だった。愛の告白をしたわけでもないのに、顔が勝手に熱くなっていく。
一方の花梨は、ほっとしたような顔をしていた。
「そうなんだ。良かった〜。修学旅行のときはちょっと話したけどさ。やっぱり迷惑だったらどうしようって不安だったんだよね。あんまり人と話したくなさそうな雰囲気だし」
『花梨だからだよ』
言おうと思った言葉は、簡単には出てこなかった。いざ彼女と目を合わせると、言おうとした言葉なんて簡単に脳ミソの奥の奥に引っ込んでいってしまう。
「ってか、めっちゃ顔赤くない?大丈夫?」
「う、うん。あの、暑いから·····」
「あーね。今年マジ暑すぎだよね。熱中症とか気をつけなきゃ〜。紗枝も気をつけてね」
「うん」
『誰のせいだと思ってんの』
そうやって言えたらいいのに。伝えられる、せっかくのチャンスなのに。
そうこう悩んでいるうちに、花梨が
「あ、ウチこっちだわ」と私の家とは反対方向を指した。
「あ、私はあっちだ。じゃ、えと·····またね」
「うん、またね!」
ただの挨拶に、自分の中で勝手に価値をつけていた。『またね』は絶対にまた会える魔法の言葉だと思った。
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