第3話 未知の体験からの解放

 「ふーん、なるほど、それであのカプセルに入っていたのか」

 俺の前には無精ひげを生やした刑事がいる。歳は六十らしい。カプセルから俺の体を引き抜いた後、俺が意識を失ったため、そのまま近くの総合病院に運ばれた。今は入院している病院の特別室で事情聴取を受けている最中だ。

 どうやら『創造未来研究所』の表向きはモノ体験ができる施設と謳っていたが、裏では洗脳できそうな人を見つけ次第、モノの感性を植え付けてその世界に引きずり込むという犯罪を行っていたそうだ。

 「ところでもう一人いませんでしたか」

 目の前にいる刑事に質問をした。

 「もう一人とは?あの部屋には君以外いなかったよ」

 「そうですか……あの部屋には彼女と二人で行ったんです」

 刑事は困った表情で首を横に倒した。

 「一緒に三階までエレベーターで上がって、あの大きい桜の木についても話しました」

 刑事は眉間にしわを寄せて黙り込んだ。

 「彼女と会わせてください。彼女であれば俺がカプセルに入ってからのことを知っているかもしれないです」

 「脳に障害があるかもしれないから一度調べてもらった方がいい」

 黙り込んでいた刑事が口を開いた。

 「あの施設に桜の木は無い。ただでさえ海沿いで潮が飛んでくる環境だ。木が立っている方がおかしい」

 刑事が言っていることがよく理解できなかった。まるで俺が五感で体感したことを真っ向から否定してくるような姿勢に苛立ちを覚えた。トキエと一緒にエレベーターで三階に上がって、敷地の中央にあった桜の木について話したのも今さっきのことだ。忘れるはずがない。

 「頭を冷やしてきます」

 目の前にいる刑事にそう伝え、特別室を出た。

 この総合病院に運ばれてきたときは意識がなくどのような環境か分からなかったが、今俺が入院している特別室は五階建ての五階に位置している。この病院の敷地にも大きな桜が立っていた。あの桜の木綺麗だな。桜好きのトキエが見たら喜ぶだろうな。

 病室の前にあった談話スペースのイスに座りテレビの電源をつけた。テレビではかつて栄えていた施設の現状について特集されていた。その中にトキエと一緒に行った『創造未来研究所』が映った。

 映った映像を凝視する。俺が見た外観と同じだ。しかし建物の構造上、木が立っているかは確認できない。

 「五年前に廃業した創造未来研究所の現在は廃墟のようになっています」

 テレビの電源を落とそうとしたところ、テレビの中のリポーターが衝撃的なことを言った。

 五年前に廃業した?確か俺が教室に掲示されているカレンダーを見たときには二一〇五年と表記されていた。これが本当なのであれば現在は二一一〇年だ。あの記憶からさらに五年も経過していたのか。電源を落としたテレビに反射した俺の顔はカプセルに入ったときと同じで全く老けていなかった。あの刑事に詳しく話を聞いてみようと思い病室に戻った。

 「何か言いたいことがあるような顔だね」

 俺はコクリと頷いた。

 「ショックを受けるかもしれないが私が調べて分かったことを話そう」

 聞いた話をまとめるとこうだ。

 トキエと二人で創造未来研究所に行った日から一週間経っても俺に連絡がつかなかったため、大学から要請があり一斉捜索が始まった。俺の生活パターンを分析したところ、いなくなる前日にトキエと二人で行動していることが判明したためトキエに事情を聴いた。しかし分からないの一点張りだったため捜査が打ち切られた。

 ところが会話の節々に不審な点があったため、トキエの生活パターンを分析した。すると、父親が働いている職場に高い頻度で顔を出していることが判明した。父親が働いている職場というのがまさしく今回の舞台である創造未来研究所だ。

 現地に赴きトキエの父親に事情聴取をしたところ白状したため、その流れで父親が逮捕されたらしい。そこで衝撃の事実が発覚した。実の娘であるトキエに犯罪行為を押し付けたくなかったため、トキエの風貌に似せたロボットを作り、そのロボットに協力させていたらしい。

 カフェで話をしたときと、研究所入口まで来たとき、二一〇五年の教室で自己紹介をされたときが本物のトキエで、それ以外はすべてもう一人のトキエとのことだった。

 研究所に入ってからすぐにエアシャワーに入った。その部屋にアロマの香りが漂っていたが、このアロマが幻覚を見せていた。このエアシャワーでもう一人のトキエに代わり、桜の木に関しては完全に幻影だった。俺がカプセルに入る前に怪しい笑みを浮かべていたのは俺を騙そうとしていたから。本物のトキエだったらそんなことはしない。

 俺をカプセルに入れた後、ベストなタイミングで父親が時計の記憶を俺に封じ込めた。本来であれば俺の肉体は消滅して記憶だけが残るはずだったが、体はカプセルに入ったままで記憶のみロボットに飛ばされていた。

 父親が逮捕された後、行き場を失ったもう一人のトキエはカプセルの前に戻ってきたらしい。そして苦しそうな表情をしている俺を見て赤色のボタンを押したそうだ。俺に時計の記憶を封じ込めたボタンだ。やりたいことが山ほどあると強い想いを抱いた瞬間とボタンが戻された瞬間がほぼ同じでカプセルがエラーを起こし、そこから俺は長い睡眠状態に入った。

 俺の肉体がどこで眠っているのかを探してほしいという依頼が本物のトキエから入り捜索をしたところ、やっと見つけたという顛末だ。

 父親が逮捕されて、もう一人のトキエは行方不明になった。それであれば本物のトキエはどこにいる?

 「彼女に会いたいという顔をしているね」

 「さっきからそう言っているではないですか」

 「君の肉体は若いままだが、彼女は十年の歳月が経っている。それでもいいかね」

 「構わない」

 「じゃあ、この病院の庭に大きな桜の木が立っているからそこに向かってくれ」

 そう促され俺は小走りで庭に向かった。

 桜の花びらが舞う中、告白されたときと同じシチュエーションでトキエが立っていた。

 「お待たせ」

 「あの時言っていたオシャレなランチ連れて行って」

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時計体験 水音 流々 @mizune_ruru

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