【最終回】暴走

 マンションの渡り廊下から愛さんの家を双眼鏡で観察していたところ、彼女が犬の散歩に出かけたので向かう事にした。


…愛さんの5メートルぐらい後ろに来たぞ。ここは自然な感じで声をかけるか。


「人違いなら悪いが、前にいるのって如月きさらぎさんか?」


それを聴いた彼女は振り向いてから俺の顔を観る。


「俺の事わかるかな? 同じクラスの佐下さしたなんだけど…」


「わかるよ、佐下君」


とりあえず第一関門はクリアだな。


「たまたまこの辺を通った時に如月さんを見かけたから声をかけたんだ」


「そうなんだ」


「今は犬の散歩みたいだな。何て名前なんだ?」


愛さんが持っているリードに繋がれているミニチュアダックスは、俺を睨みつけている。小型犬がいくら睨もうがちっとも怖くない。


「“ネロ”よ」


暴君で有名な奴だな。もし名前通り暴れたら蹴り飛ばしてやろう。


「良ければ、俺も散歩に付いてって良いか? 如月さんと色々話したいからさ」


「……良いけど」


怪訝な顔になったな。一気に距離を詰めすぎたかもしれんが、今更引き返せない。



 それから散歩に同行したが、愛さんから話を一切振ってこない。代わりに俺が話してるが、おしゃべりじゃないからネタが早めに尽きてしまった。


なので黙っている時間が多めだった。愛さんからも話を振ってくれよ!


…やがて、散歩は終わりを迎えつつある。家の近くまで戻ってきたから容易に想像できる。


「佐下君、散歩はもう終わりだから…」


それを家の前で言わないのは、俺を警戒してる証拠だな。


「待った! 話したい事を思い付いたから付いて来てくれ!」

俺は愛さんの手を握り、強引に連れ出す。



 着いたのは、愛さんの家の近くにあるマンション裏だ。ここは人目が付きにくい場所なのを観察の際に知った。色々やるのに最適な場所って訳だ。


「佐下君何なの!?」


ちょっと怒った愛さんも可愛いな~。


「あのさぁ、俺と連絡先を交換してくれないか?」


「嫌!」


即答かよ。イラっとしたが頑張って堪える。


「そう言わずに、なぁ?」


「話ってこれで終わりよね? あたし帰るから」


そう簡単に帰らせるか!


俺は愛さんの肩を掴んでから、マンションの壁まで押して壁ドンする。古い手法なのは知ってるが、女はこれに弱いんだろ?


「ワンワン! ワンワン!」


…ネロが吠えだしたぞ。俺が愛さんの体に触れたのをと判断したか。うるさいが今は放置だ。


「俺、如月さんを初めて観た時に惚れたんだよ。だから簡単には諦めたくないんだ」


「そんなの知らない! 良いから帰らせて!!」


…未だに吠え続けるネロ。耳障りなクソ犬だ。お前を先に始末してから愛さんを口説くか。


俺はネロの胴体を本気で蹴り飛ばす。普通は避けられるだろうが、リードで繋がれてて行動範囲が制限されているのがラッキーだった。


「くぅん…」


立ち上がったネロは負けを認めて大人しくなった。ミニチュアダックス風情が俺を止められると思うなよ。


「ネロ!? …佐下君、何て事を!?」


「ネロがうるさいからいけないんだよ。正当防衛さ」


「どこが!? 」


「これで2人きりでゆっくり話せるね」


壁ドンを再開させ、空いた手で愛さんの胸を揉もうとした時…。


「そこのお前! 何やっとるんじゃ!?」


声のほうを観ると、白髪のジジイと黒い帽子を被ったジジイの2人いる。さっきの声の主は白髪のほうだ。


俺の隙を付き、愛さんはジジイ達のほうに避難する。ネロが吠えたからジジイ達が来たんだな。ツイてないぜ…。


「もしかして、君が最近言われてる不審者かな?」

黒い帽子のジジイが言う。


「不審者? 何のことです?」


「『この辺りをウロウロして双眼鏡で覗いている少年がいる』って報告があったんだよ。だから警察と自治会が連携して、パトロールを強化していたんだけど…」


ということは、この2人は自治会か。警察にしては年寄り過ぎる。


「助けて下さい! あたし、彼に襲われそうになりました!」


「何じゃと!? 警察に通報するから、お前そこを動くでないぞ!」


逃げたところで、愛さんが話せばすぐバレる。ここまでみたいだな…。



 その後警察が来て、俺は署まで連行された。この事は高校・親にも伝わり、俺は愛さんの家付近の“出禁”と停学を命じられた。


ネロの治療費は親が払うらしい。あの時立ち上がったし、軽傷だと思うがな。



 停学中。夕食前に自室でゲームをしていると、妹の貴子がやって来た。何の用だ?


「一応、お兄ちゃんに言っておいたほうが良いと思って…」


「何だ?」


「私、彼氏作ったの」


「何だと!? どういう事だ?」


「だってお兄ちゃん、高校生になってから1回も私とHしてくれなかったでしょ? だから彼女を作ったと思ったの…」


俺が…、貴子に捨てられる? お前を捨てるのは俺のはずだ!


「何勝手に男を作ってるんだ! 俺の事が好きだったんじゃないのか!?」


「お兄ちゃん怖い…」


貴子は怯えているが、誰のせいでこうなったと思ってる!


「ちょっと隆! 何なの? 大声出して!」

母さんが部屋に来た。


「お兄ちゃんに怒られた…」

母さんにしがみ付く貴子。


「あんた、いい加減にしなさいよね! あんな問題起こして頭が痛いって言うのに」


「……」


「適当にどこかに行って頭を冷やしなさい!」


「わかった…」


俺は誰からも必要とされていない。そう、家族にさえも…。



 気付けば、俺は愛さんの家から1番近いマンションに来ていた。出禁されているが、夜だから人目に付くことはない。


愛さんに振られ、貴子に捨てられ、母さんに見限られた。俺の味方はどこにもいない。こんな世界はうんざりだ。


地獄になら、俺と同じような境遇の人がいるかな? 誰でも良いから、俺に寄り添って欲しい。それだけで満足だから…。


そして…、俺はマンション最上階から身を投げ出す。



―――

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!


今作はいわゆる“習作”になります。普段とのギャップを感じて楽しんでもらえたら幸いです。


今作のタイトルにある“シスコン辞めます”の部分をベースにいつもの調子で新作を書くつもりなので、興味がある方はご覧下さい。

―――

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【完結】シスコン辞めます~妹より良い女を見つけたから乗り換える件~ あかせ @red_blanc

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