第十一話 エピローグ:戻った世界

 気がつくと、私はベッドの上に居た。

 …ベッドの上に居た?

 そんなの当たり前じゃないか。

 今起きたばかりだし。


 大きなあくびをして、リビングに向かう。

 ごま油の匂いとパンの焼ける香ばしい匂いが鼻をかすめる。

 おそらく、夫が私のために朝食を準備してくれたのだろう。

 寝ぼけまなこを浮かべて、夫に朝の挨拶をする。

「おはょぅ…」

「ははは。まだ眠たいんだね」

 夫は妊娠中の私のことを考えて、リモートワークを会社に頼んでしてくれているほど献身的な夫だ。

 私はと言うと、夫に頼ってばかりで、情けない女である。

 仕事もなく、家事も夫に任せきり(というか夫が進んでやってくれる)なため、暇になった私は小説を書くことにした。元々文章を書くことは大好きだ。その延長線上で休職中だが、今の仕事にも就いている。


 小説のタイトルは、『殺された夫と戻った世界』。ある日ふと頭に浮かんだタイトルだ。

 なんでか知らないが、まるで小説内で起きる出来事が自分の実体験のように、すらすらと頭の中に文章で浮かび、小説を順調に書き進めることができた。文章だけでなく、映像が浮かび上がることもあった。

 我ながら不思議に思いつつ、私は着々と小説の執筆を進め、小説の投稿サイトにあげ続けた。そして、先日、最後まで書き上げることができた。

 

 最後まで書き上げたことをSNSで知らせると、一人の読者から私宛にDMが届いた。

『完結おめでとうございます。久しぶり。もえぴ~だよ!』

 まるで私の元からの知り合いのように書かれているそのメッセージは少し気がかりだった。作中の登場人物名を名乗っているから私の痛いファンか?少し怖い。

 しかし、その考えはそのメッセージに添えられた一枚の写真を見て改められた。

 その写真には、テーマパークでチェロスを食べている、満面の笑みを浮かべている若い女の子と、その隣に恥ずかしそうに映り込む彼氏らしき男の子が居た。

 彼女の顔は、私が小説を書いていた時、思い描いた伊香萌いかもえそのものだった。ただ、彼女の服装はフリルの付いた白いワンピースで…ジージャンは着ていなかった。

 私はその写真を見て涙が止まらなくなった。


【参考文献】

桐畑長雄『江州余呉湖の羽衣伝説』滋賀県余呉町、2003年

高橋繁行『近江の土葬・野辺送り』サンライズ出版、2022年

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殺された夫と戻った世界 村田鉄則 @muratetsu

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