第十話 神に近い能力を殺す方法
「なんで私にグーパンが通るんだ!!」
転倒した体を起こしながら、困惑する
「気づいてないの?自分の服装を見たら?」
彼女はその言葉を聞いてすぐに俯き、自身が先程まで着ていたジージャンが無いことに気付いた。
「あれ?」
彼女は、更なる困惑の表情を浮かべた。そう、私は彼女を殴って転倒させた際、殴ると同時に、彼女のジージャンを剝がし取っていたのだ。
羽衣伝説は羽衣が無いと天に帰れないという伝説だ。つまり、羽衣が無いと天女でも人間と同様になる。
浮気現場を抑えたあの写真でも彼女はジージャンを羽織っていた。そして、昨日カーセックスした当日もジージャンを…私はそのことから、彼女はジージャンを羽織ることで能力を得ている、つまり、彼女のジージャンは羽衣伝説でいうところの羽衣であると勘付いた。天女である祖先から受け継いできた繊維を使ったジージャンなのだろうか。それはさておき、彼女の能力は抑えられた。
「返せ!!それは先祖代々受け継いでいるやつなんだ!!」
そう叫びながら、彼女は私に飛び掛かり、襲い掛かろうとしたが、何かにハッと気づいたような表情を浮かべて、すんでのところでやめた。
私は彼女が攻撃を何故やめたのか気になったが、私のお腹を彼女がじっと眺めているのを見て…自ずとその理由が分かった。
彼女は人の”死”を望まない。それは…
胎児に対してもなのだ。
彼女は地面に頭を擦り付けるほど、頭を下げて、土下座をし始めた。
「ごめんなさい!今までのことは謝るから、返してください!!」
私は返すか迷ったが、私を下から見上げた彼女は、八の字眉を浮かべて目には大粒の涙を含ませており、それは嘘の表情ではなく見えた。彼女は時が操れるため、時の流れという概念が人間より曖昧で、心がまだ子供のように純粋なのだろう。純粋であるために、人を実験し楽しむ…それは許されることではないが…
ここまでされて、このまま返さないのも罰が悪いので私はジージャンを返した。
彼女は、私から返してもらったジージャンを着た。私の強烈なパンチが応えたのか、先ほどの威勢がどこに行ったのやら、ひどく怯えた表情で目を潤わせながら、こうつぶやいた。
「本当にすいませんでした。世界は元に戻します。反省して…あなたたちには今後一切、干渉しません…後、人の人生を狂わせるのもやめます…」
私は泣いている彼女の様子を見て、母性本能がくすぐられたのか、ひどく抱きしめたくなり、ギュッと抱きしめた。私の肩に大粒の涙が当たった。
彼女には良き理解者が居なかったのだろう。そして、それが彼女を凶行に走らせてしまい、所謂、祟り神に近い者になってしまったのだろう。
いつの間にか時間は経つもので。朝焼けの光が辺りを包み始めていた。朝焼けの光を反射した湖が風によって
私は銅像の近くにある自動販売機でホットコーヒーを二本買い、
彼女は、人にちょっかいを出すイタズラが元々好きだった。少しだけ時を戻して、人々にデジャヴを起こさせて、それにびっくりする様子を陰で笑ったり、何回も同じ日をループさせ困惑する様子を楽しんだりした。しかし、さすがに似たようなことをし続けると飽き始めるものだ。それらのちょっとしたイタズラに飽き始めた彼女は、実際に人々の前に現れ干渉し始めるようになった。そして、結婚式当日に花嫁として参加したのに、ドタキャンして花婿を驚かせたり、コンビニ店員になってホットスナックを買った相手に舌で舐めたものを提供して驚かせたり、(全部、その様子を笑った後は時を戻し無かったことにしている)など最初は少し相手を困惑させるレベルだったものが、エスカレートして人の人生を狂わせるレベルまでに発展したのだという。彼女はひどく反省した様子で泣きながら話していた。
つまりのところ、彼女の人間とのディスコミュニケーションが人々を不幸にさせていたのだった。彼女は所謂コミュ障ってやつなのだ。
私は彼女にこうアドバイスをした。
「一回普通の人間として生活してみなよ。そうしたら、もっと人の気持ちがわかってもっと生きやすくなるよ」
彼女は大きく頷いた。
やがて、昼頃になり、観光客が湖の近くに集まってきた。伊香萌と私の話も一段落を迎えたので、そろそろ私は元の世界に戻ることにした。
「じゃあね!」
私がそう言い、手を振ると、彼女は泣きながら笑ってこう言った。
「どうせ、また会えるよ」
そのとき、遠くにある、あの木から、またあの時のように光が出て私に向かってきて、私の体を包みこみ始めた。
漸く、世界が元に戻る…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます