第九話 声の正体
銅像の裏から現れた人物の姿が月明りや、近くにある外灯、自販機の光によって露わになる。
女性…しかも…これはあの…
「どうも、もえぴ~です!」
この場に似合わないひどく緊張感の無い言葉が響いた。
そう、声の主は
「どういうことなの?」
「隠れて写真を撮ってたのに、気づかなかったんですか?」
そう言いながら、彼女は天女の銅像を真っ正面から写した写真を私にスマホで見せた。私は夫をそっと地面に置き、自分のスマホを触り、あの張り込んだ際に撮った写真を開き、その写真と見比べた。
顔が似ている…顔が全く一緒と言っても過言ではない…
「気づきましたか?何で似ていると思います?旦那さんの話を思い出したらわかると思いますよ」
私は目を
そして、気づいた。
「伊香
「漸く気づいてくれましたか…」
彼女はそう言いながら、地面に横たわった夫を持ち上げた。そして、銅像の乗っている台の上に座り、夫に膝枕をしながら、夫の頭をなでるように触った。
「そう、私は天女に逃げられた男の子孫であり、また、天女の血を引く者です」
彼女の目線は夫に向いている。依然、夫をなでており、その様子はまるで赤ん坊を抱えあやす母のようだった。
「それじゃあ、あの時の光は?」
そう聞くと、彼女は私の方に目を向けた。
「ああ、あれですか。私が起こしました。まさか、旦那さんが自暴自棄で死ぬとはね。夫さんにとっての天女はあなただったんですかね…なんと美しい話!まあ、大量の酒を渡したのは私ですが。あ、ダジャレになってる。フフフフ」
こんな状況でギャグを言ってくる…なんて奴だ。
「大量の酒を渡した理由は何なの?」
「人間が狂う様子を見るのが楽しみだからといった感じですかね。まあ、彼が自死するということまで私の考えが及ばなかったのは恥ずかしいことですが…」
伊香萌は話を一旦止め、月を一瞥し、一呼吸おいて、また、話しを続けた。
「私ってモテるんですよ。顔はそこまで良くないですが。神的な者なので惹かれる人はめちゃくちゃ惹かれるんです。ちょうどあの伝説の中での天女のように。あなたの旦那さんがちょうどその惹かれる人だったみたいで、すいませんね。まあ、それで、私とあなたとの愛に溺れて、酒に溺れて彼が壊れていく様子が見たかったんです」
彼女の口角は上がっていた。それも、人間では到底不可能なほど、不気味な程上がりに上がっていた。私はその様子に恐怖しながらも、閉ざしていた口をゆっくりと開けた。
「要するに…私たちがどう壊れるか実験をしたかったわけね」
「そう…実験です。人間を使った実験。”サレ妻”ってジャンルが流行っているじゃないですか。あれに私ハマってしまって、それを再現しようと思っていたんですね。一回目は上手くいかなかったけど、あなたに一回目の記憶を植え付けたんで、今度は上手くいくと思ってたんです。けど、あなたがバレバレの尾行を行って、私と旦那さんのムフフな場面を見て、狂うだけかと思ったんですが、まさか殺害を決意するとは…そして、私の作り上げた物語をぶっ壊そうとした。一回目は旦那さんが自死でぶっ壊して、二回目はあなたが殺害を決意してぶっ壊そうとした。似たもの夫婦ですね。私は”死”なんてテーマは残酷で扱いたくないんです。人が狂っていく様子だけがみたいんです」
「人間の人生をあなたのおもちゃみたいに扱わないで!」
私は彼女の言葉を聞いて思わず、そう叫んでしまった。少しベタな台詞かもしれない。しかし、本当にひどい、ひどすぎる。
「人間の倫理観と神に近い者の倫理観は違うんですよ。後、私とあなたたちでは生きている時間も、言葉も違う。私は歳も取らず、ずっとこの姿のままですし、時を操ることもできます。言葉に関しても日本語に聞こえるように話していますけども、実は全然違う言語です」
私は、もう一度、夫婦をやり直すチャンスを神が与えてくれたと思っていた。しかし、実は、自身が望む偏った物語、不倫で夫婦を壊し、人間を狂わせて”死”は描かないようにする彼女の物語、それを形作るために私たち夫婦の人生は壊されていたのだ。
「で、どうしますか?」
彼女は急に神妙な
「あなたは旦那さんを殺すんですか?」
いつの間にか彼女は私の目と鼻の先に居て、上目遣いをしながら私の顔を覗き込むようにして立っている。両手は後ろで組んでいる。
「まあ、殺しても私がまた時間を戻すだけですがw」
その時、私の何かがプツリと切れた。
グヘッ
鈍い声が辺りに響く。
私は、伊香萌を思いっきり殴っていた。
伊香萌は神に近い人間のはずだが、普通の人間と同じように、ダメージを受け、口から血を吐いていた。私の読みが当たったらしい。
「何がもえぴ~だ。気持ち悪いんだよお前は!!人の人生を遊び半分で狂わせやがって!!!妊娠中の人間にストレスをかけんなクソガキ!!!」
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