34.距離感。
†
溜息まじりに
部屋の外で腕組みしながら待っていたタタラに、片岡は無言のまま首肯してみせる。
「ふたりとも、寝た?」
「ああ」
片岡の返答に、タタラは盛大な溜息をつく。
再会を果たした後、
特に佐久間は――と片岡は思う。
彩子の失踪の原因は、端的に言えばヤツの受けた余命宣告のためだ。
「
片岡の問いかけに、タタラは首を横に振る。
「ブースに入ったまんま」
「そうか……」
二人を、扉に視線を向けてから、話し声で起こしてしまわないよう、リビングへと移動した。
「――しかし、非常事態とはいえ、あの二人に自分の寝床を明け渡すヤツの神経がわかんないわ」
タタラの言わんとするところは片岡にもわかる。
「そう言うたるなよ」
「まあ、あんただって同じようなもんか」
「……それは蒸し返さんといてくれるか」
「あんたは華月と違って、土俵にも上がれなかったもんね」
相も変わらず皮肉に容赦がないのは、彼女もまた自分と同類だからだ。片岡には土俵にも上がれなかったと言いつつ、タタラ自身は返す刀で自らを場内にすら入れない論外と自嘲しているのだから。
「結局、主人格がステルである以上、Psyは自分の感情を優先することはあらへんねや」
「華月の生殺しが、一番残酷――ってことかしらね」
そうだろうと思う。
後期加入組である片岡とタタラは、そもそもPsyと華月の仲に割り込めるような立場ではなかったのだ。それでも離れられなかった。無様と自覚していようが、それでもどうしても側にい続けたかった。
だが、あくまでもPsyは副人格。
主人格にあたるステルの人生に干渉するようなマネを、Psyは決してしようとはしなかった。
どれだけ華月と共に過ごそうと、隣に並ぶ以上のことはしなかった。
この命と身体は、ステルのものだから。
そのステルが選んだのが佐久間なのだから――と。
「はああああ」
リビングに入るや否や、苦々しい溜息が片岡の口から吐きだされた。タタラが心底
「なんなんよ、うるさい」
「正直、しょーじきな?」
「ああ?」
「あああ」と両手で前髪をかき揚げながら、片岡は天井を仰いだ。
「なんで佐久間やねんって叫びたい!」
「それこそわたしが言いたいわ!」
「華月のほうがまだマシやろがって!」
「しょーがないじゃん! ステルと華月なんか一緒にいても木枯らし吹いてるだけなんだもん!」
ふたり、ぐううと唸りながら、そのまま廊下でしゃがみ込んだ。
――しかしだ。
現況のそれもこれも、華月が佐久間のヤツに彩子の失踪を知らせたりするからだと、片岡の口中は苦々しいものでいっぱいになる。自分達もずいぶん彩子の行方を追ったが、その上、佐久間まで探し回るハメになった。それは、彩子にとって結局佐久間が手を離す事のできない存在だからだ。彩子にとって重要な男だから、放置してはおけなかった。
片岡個人の感情からすれば、許しがたく受け入れがたい男であるというのに変わりはない。確かに一部は嫉妬でもあるが、そもそものあの二人の関係性の歪みは、片岡からすれば不当のものだ。
だが、それをどうしてゆくかを検討し、そして決定するのは、結局当人同士にしかできないことなのだろう。片岡は、はじめから部外者で、最後まで蚊帳の外なのだ。
咳払いをして立ち上がると、まだしゃがんだままでいたタタラに手を伸ばして立たせた。
「行こ。華月と話しせな。ライブも放置はでけへんし」
「そうね」
次の瞬間だった。
ばん! と激しい音がして、二人びくりと振りかえる。その先にあるのは玄関だ。
「――は?」
「え?」
思いもよらぬものを見た片岡とタタラは度肝を抜かれていた。
差し込む月光を背負い、二つの影が扉の向こうに立ち尽くしている。
一人は
「
妙と並んでいる状況を想定しえなかった佐久間の従兄弟という間柄の男の登場に、片岡は呆気に取られていた。
眉間に深い皺を刻んだ
「ちょ、なん、なんなんや」
「なんだじゃないよ片岡くん! リハの件はともかくも、ライブ! えらいことになってるぞ!」
「は?」
「華月はどこだよ⁉」
「ぶ、ブースに、おるけど」
「ったく、あの馬鹿野郎が!」
勝手知ったるなんとやらの速度で義仁はブースに駆けこんでゆく。後から困惑したままの妙が追う。それにハッとした片岡が妙の手を掴み止めた。
「妙ちゃん、ちょ、何があったんや」
「何があったじゃすみませんよ! これ! まだ皆さん見てないんですか⁉」
妙が胸ポケットから取り出し差し出したスマホの画面に、動画サイトが映し出されている。
「あの日! 楽屋で
「「はあああ⁉」」
片岡とタタラの絶叫が重なった背後で、「ばんっ!」と激しい音が室内に響いた。
三人顔を見合わせ、扉が開かれたままのブースの中に飛び込む。
その先に待ち受けていたのは、床に倒れ込む華月と、肩を怒らせ立ち尽くす義仁の姿だった。
†
ブース内は、暗過ぎた。それまでの屋外の光量に目が慣れていたから、片岡さんたちと一緒に踏み込んだ部屋の中に待っていたのが、先輩と、それから床に倒れている華月さんなのだということぐらいしかわからない。
つまり、さっきの鈍い音は、華月さんがフローリングに倒れた音ってことで、ああ、先輩、華月さんを殴ったんだな、と理解した。
「アレクセイ……」
震えた声で、華月さんが床の上から義仁先輩を見上げながら、そう呼んだ。
ていうか、え。
アレクセイって何?
そんな私の疑問は右から左に受け流されて、代わりに義仁先輩の静かな怒りの声が室内に落ちた。
「――ほんとお前、何してんだよ……! あれ、あの音声データ流出させたの、お前なんだろ! 華月!」
絞り出すような先輩の声は、どこか苦虫を噛み潰したようだった。
少しずつ暗がりに目が慣れて、ぼんやりと華月さんの輪郭が把握できてくる。
「は? あれ、華月が、流した、って? 嘘やろ……?」
「う、え、なんで……?」
絶句したままで立ち尽くす片岡さんとタタラさんの顔をちらっと見て、私は気まずい思いでいっぱいになりながら、こくりと頷いて見せた。
「――だって、状況的に華月さんしかありえないの。あの時、スマホ触ってたの華月さんだけだし、なにより」
「何より?」
片岡さんの視線が険しくて、私は思わず目を逸らした。
でも、結局見えるのは先輩たちの背中なんだけど。
「――音声の距離感。対応してる
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