22.ありがとう。



             †


 その後、ヨシヒト先輩は私をウチの前まで送り届けてくれた。

 何も言わずに送ってくれて、何も言わずに帰っていった。


 〈姫〉は、ただじっと、窓の外を見ている。

 窓の向こう側に、小さな赤い十字架が灯っている。さらりと風にゆれた彼女の髪が、月の光に照らし出されて輝いていた。


 ――ねぇ、あなたは、何を見てるの?


 病院のベッドに腰をかけて、白いオーガンジーに首筋を撫でられて、私を「あなた」と呼んで、私を見ないで、私の存在を認めないで。

 私という存在を、で。

 ねぇ、母さん。



「――わたしは、いったい、なんなの」



 自分の口からその言葉が出た瞬間、私の心臓から、どくり、と強く血液が押し出され、私は、はっとして後ずさった。


 心臓を、ぎゅっとつかんで、私は背中を丸めた。必至で息を小刻みに吸い込む。

 青い炎が――燃える。


 心臓の奥で、私の全身を焼きつくす勢いで。


 その瞬間、あの小さな炎が、限界までの熱量を発していた。

 歯の根が合わずに震える唇と、限界まで強張こわばって震える腕を、必至でこらえながら、〈姫〉を、見た。


 私は、心臓の奥で叫ぶものに、ようやく気付いた。

 違う。

 違うと叫んでいる。

 ゆっくりと、〈姫〉が振り返る。


みょう


 〈姫〉が、じっと、私を見ている。


「ありがとう。でもね、わたしは、あなたのお母さんじゃない。――それにね、あなたも、母さんじゃなかったのよ」


 そう、一言だけ告げて、〈姫〉は私に背を向けた。そして、もう、二度と私を振り返らなかった。



 その後ろ姿が、私の部屋で〈姫〉を見た最後になった。

 ――翌朝、眼がめると、既に彼女はいなくなっていた。





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