第9話  異形に至る信仰

 薄暗い間接照明に照らされた建物の中、能善は氷刃を振るい戦っていた。


「何をしているのです!相手は高々一人なのですよ!囲んですりつぶしなさい!権能の使用も許可します」


 ヒステリックに修道服を纏った修道女然とした女が叫ぶ。

 周囲を取り囲む男女が有る者は獣面に変貌し有る者はその腕を巨大な鉤爪を生やした剛腕に変える。

 紫電を迸らせる獣牙が地を奔り、赤熱する鉤爪が天から叩きつけられる。


 一閃。弧を描くように振るわれた氷刃は怪人共を戦闘不能に追い込む。


「使徒12名が一瞬だと?!それほどの恩寵を…そこまで御方々に愛されながら…この背信者ダブルクロスめ!」


邪神教お前らに入信した覚えはないな」


「かくなる上は…!」


 修道女シスターは祭壇前で信者の少女に与えるはずだった錠剤を瓶一本分呷る。

 阻止するべく振るわれた氷刃は瓶と修道女の腕を半ばから切り飛ばすに留まった。


「イアイア 豊穣の女神 幾千の胎 幾千の御子 我願い求め訴えん。御前を穢す痴れ者を誅滅スルくぁミぐぅわ鉄槌うぉ!」


 修道服が内から爆ぜ巨大化する躰。筋肉は膨れ上がり彼女の額からは螺子くれた山羊のような角が突き出す。切り飛ばされた腕はずるりと音を立てて再生し臀部から生じた尾は別の生き物のようにその先端を四つに拡げ内側の腔よりよだれの様に泡立った粘液を垂れ流しにする。


「漲る!神の慈愛を感じるぞ!なんという全能感!」 


 振り下ろされた剛腕が能善を捉えた。瞬間、能善の姿が朧の様に掻き消える。


「何故だ!何故当たらん!」


「お前の速さでは『残像』しか捉えられん。そして…終わりだ」


 元修道女の視界が暗転すると山羊頭がごとりと落ちる。


「やめておけ…人を捨てれば二度と戻れんぞ」


 鼻先に氷刃を突き付けられ床に落ちた秘薬の小瓶の残骸に残った一粒を震える指先で己が口元から能善の手の平に渡し祭壇前でうなだれる少女。


「安易な奇跡の行き着く先は戻れぬ狂気との無限舞踏だ」


 掌上の結晶体を懐から取り出した証拠品袋パケに収め踏み込んできた特殊犯罪調査室特調第零機動捜査隊零機の一員に放って渡す。


「扱いは丁寧にな」


 それは証拠品に対してかそれとも隊員に保護された少女に向けてか…

捜索に当たる隊員たちに背を向けると能善はひとりごちた。


「失ってから気付くもんだ…事の重大さにな」



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クトゥルフダブルクロス~ハウンズ~ 玖雅月 @kugatuki

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