53  3月グループデート 2

 二家本辰巳にかもとたつみは、亜紀からの『合格おめでとうございます』ラインを受け取った時、どう返信するか迷った。ありがとうだけでいいはずなのに。


(白井も東京に来いよ……)

 そう思う気持ちがある。

 白井亜紀は、このままだったら第1志望は東京の私立美大だろう。別に二家本がいるから、東京に来るわけではない。

 なのに、少しばかり、自分がいるから東京の大学にしようかみたいなことを言ってほしかったりする。

(なんだってんだ、これは)

 自分でツッコむ。 


 白井亜紀しらいあきは想像していたのとちがった。


 中学生の白井亜紀の自画像デッサンを見たとき。

 自分は恋した。あの自画像に。

 現実の白井亜紀に、恋しているわけじゃない。


 ふぅと、息をして、とりあえず、二家本は返信はしておこうと。


 ♪ありがとう

  白井さんもがんばれ

  東京に


 また、ラインを打つ手が止まってしまった。


(なんだってんだ、もう)






 海に面したこの街は、わりかし春が来るのが早い。

 そして、スリースワンというファミリーレストランがある。


「ほぼ、新田にった遠峯とおみねのオンステージだったな」

「うん」

 青木の言葉に、小島もうなずく。


 U字のボックス席を、亜紀たちは6人で囲んでいた。レジャーランドそばの地元ファミレスだ。

 遅めの昼食のために、いったん全員、外に食べに出た。


「いいじゃん。めちゃめちゃ笑ったし」

 由良は、まだ笑ってる。

「遠峯さん、許せなかったんだねぇ。男の声で、推しの歌を歌われるのが」


「……」

 遠峯は黙って、ドリンクバーのホット黒豆茶を飲んでいた。たしかに許せなかった。新田の声は、裏返っていたし。


「うん。楽しかったー。新しい歌、覚えたし」

 そう、亜紀が言うのを由良は逃さなかった。

「次は、亜紀ちゃんのテクノポップ聴かされるの。わたしら修行じゃんー」


 次に聞き逃さなかったのは、小島だ。

「え。また、いっしょにカラオケ行ってくれるの?」


「う?」

 由良が真顔になった。

「行くとは言ってないよ? 受験生になるんだし」


「おーい。今日だけは、それ忘れようよ」

 青木が、由良と小島が真面目モードの話にならないように気をつかっている。


「そうそう。小島君のために今日は思い出を作りに来たんだ。女子、小島君を囲んで」

 新田は、そう気が利かないわけでもない。小島と女子の写真を、携帯スマホで丹念に撮っていた。

「撮った写真、誰かに見せたりしないでくださいよ」

 遠峯が、するどい指摘を入れた。すると、図星だったらしい、「えぇと」、あきらかに新田が狼狽ろうばいした。


「え。もう誰かに送った?」

 取調室の女刑事さながら、遠峯は詰め寄った。

「さっき……」、新田が吐いた。「小日向こひなたに送った」



 そのときだ。

「あー、いたいた」

 さわやかな声がした。

 すたすたと、小日向が、みながいるボックス席にやってきた。

「はー、ちょっと走ったよ。追加注文していい?」

 それから、肩にかけていたメッセンジャーバックを、どさっと、男子陣が座っているほうの座席の端に置いた。


「小日向、お前、予備校は」

 青木が、あきれた顔で小日向を見上げた。


「すませてきた。青木、内緒にしてたな。このこと」

「今日、予備校だろ。おまえ」


「今、春休み日程なんだよ。ふーん。親切心で言わなかったのか」

 ごつい運動系男子を、やわらかめ男子は目線で組み敷いた。

「だけどさ。新田が教えてくれたから」


 小日向のほほえみを向けられた新田は、ほおを染める勢いだ。

「ジュラ紀さんと白亜紀はくあきさん、そろうなんてさ。これは小日向君に報告せねばと思ってさ」

 律儀だ。


「春休みなんだぞ。ぼくだって遊びたい。女子と遊びたい。ぼくが誘えば、女子は集まってくるだろう。けど、父親と『在学中は、特定の女子と交際しません』という、つまらない約束をしたばっかりに、いっさい女子と遊べない、このつらさ、わかるか」

 小日向をU字のボックス席に迎えるために、男子は席を詰めた。

「わかんないっす」

 真っ先に、小島が返事した。


「じゃ、小日向君は、これから休憩なんだね」

 由良は一気に炭酸飲料を飲みほした。

「小島君、食べ終わった順に遊びに戻ろ。あ、亜紀ちゃん、食べるの、急がなくっていいよぉ」

 亜紀はグラタンを頼んでしまって、冷めるのを待っていたから、まだ食べ終わっていなかった。

「ゆっ~くり食べて。小日向君に付き合ってあげて」


 青木と小島は、由良の意図することがわかった。


「ぼくも付き合うよ」新田の言葉は、「はい。食べ終わった」と、遠峯につぶされた。


 15分たたないうちに、亜紀と小日向を残して、皆、レジャーランドに戻った。

 U字の大人数席に、亜紀は小日向と向かい合って座ることになってしまった。


「——カラオケ、白亜紀はくあき、歌ったの?」

 小日向は、ドリンクバーと海老ピラフを頼んだ。

「懐かしのメロディを2曲ほど」


「聞きたかったなー」

 言いながら、小日向はドリンクを取りに行った。

 亜紀は、そのうしろ姿を見送って、(ちょっと髪、伸びたかな? 長めも似合う)と観察した。そう言えば、何か言いたいことがあった気がする。けど、思い出せない。たぶん、たいしたことじゃなかったのかな。

(意識し過ぎはイタいぞ、亜紀)

 自分に言い聞かせる。


 戻って来た小日向は、うつむいて、リンゴ酢ドリンクを飲んでいる亜紀の真正面に座った。

 視線をずらすこともできない、真正面だ。


「それで、小島君を囲む会は首尾よくいったの」

「??」

「小島君て山崎さんのこと、好きだよね?」

「えぇっ!」

「気がついてなかった?」

「気がつかなんだ……」

 このフレーズ、前も言った気がする。


「小島君はさぁ。いや、人の恋路に茶々入れる無粋ぶすいはしないことだね。それより。予備校の模試の結果、第一志望、B判定出たんだ」


「すごい」

 亜紀は、きらきらした目で見てくる。

 小日向は、ちょっと誇らしくなった。


 名前で選んだ大学だ。

 何がしたいというものは、まだ見つかっていない。

 兄2号が、「とりあえず、入れるなら名門校に入っとけ。それから考えても遅くない」と言っていたのに従っただけだ。

 だが、何か見つかりそうな気がしてきた。

白亜紀はくあきは、手応え、どう」


「実技。未知数」

 つい、上目使いの苦笑いになってしまった。不安はかくせない。

「自分の得意が少しでも生きる学部にしないと。生かせる学校選びをしないと。今のところ、浪人はしてもいいとは思っていないから。現役で入りたいから」


「それはそうだよね」

「自立するのが遅れちゃう」

「早く、大人になりたいんだ、白亜紀はくあきは」

「うーん。必要に迫られて」

「必要?」

「ん」


 お母さんから逃げたい、なんて、すとれーとには言えなかった。小日向には理解できないだろう。

 亜紀は言えなかった。


「ひとり暮らし、したいかな。家だと、お笑い番組、観れないし」

 すりかえた。

 父は、お笑い番組が好きだけど、母はきらい。亜紀が笑っていると、「うるさいんだけど」と怒られたこともあった。


「へぇ、もしかして、白亜紀はくあきのうちって、クレバー知性重視なご家庭?」


(クレバァ?)


 一瞬、ちがう漢字が亜紀の頭に浮かんだ。ジャスミンティーを吹きそうになって、ゲホゲホ、せき込んだ。

「ごめ、うぅ」

 急いで紙ナプキンを引き出して、口元を押える。


「いや、おもしろかった? どこが?」


(母が、年の初めからクレクレがすごかったのを思い出した、とは言えない)


「——白亜紀はくあきのお母さんて、高1の体育祭の時、見かけたな」

 小日向は唐突に思い出した。

 遠目でみかけた。

「ハンカチで白亜紀はくあきの汗をこうとしてた。母親って、あんな風に子供の心配をするんだと思った」


「あ、あの時」

 亜紀も思い出した。

「あれは、『私って、すてきなお母さんキャンペーン』、だから」


「キャンペーン?」

 楽しそうなタイトルなのに、楽しくなさそうなのに小日向は気づいた。本心をかくすのが得意な小日向だから。


「――わたしのお母さんて、小日向君が思っているようなヒトとちがうよ」

「思っているような?」

「小日向君が夢見てるような、お母さんじゃないってこと」

「——どんなお母さんなのさ」

「……言いたくない。小日向君には、わからないから」



(小日向君の夢をこわしちゃう)


(その前に、知られたくないよ)






〈次回 最終話〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る