52  3月グループデート 1

 国立大学の合否発表の中でも美大は、いっとう遅いんだそうだ。現役の時から、学科は合格圏内だった二家本にかもとの正念場は、いつも実技だったという。


 期末試験期間が終わって亜紀がアトリエニケに行くと、二家本のイーゼルと道具があった場所がきれいに整頓されていて、どきんとした。

 

 あの二家本が、あきらめてアトリエを去るとは想像できなかった。

(——だとしたら)


辰巳たつみ君、合格したよ」

 亜紀の背中に、二家本先生の声がした。

「次は白井さんだね」


(よかった)

「辰巳先輩に、おめでとうを言い損ねてしまいました」

 亜紀は残念だった。

「ラインしとけば」

 二家本先生に言われて、ニケのグループラインがあったと思い出した。


 ♪辰巳先輩

  合格おめでとうございます






「遠峯さーん」

 昼休みの女子トイレで、亜紀は遠峯珠良とおみねじゅらと鉢合わせた。


「ごきげんよう」

 遠峯は相変わらずの仏頂面だ。

 研修旅行以来、挨拶を交わすようにはなった。


「ジュラさーん」

 トイレから山崎由良やまさきゆらが出てきた。そのまま、遠峯に抱きつこうとする。

「手、洗ってくださいよ」

 あからさまに、遠峯は1メートルうしろに逃げた。

「つーれーなーい」

 由良は口をとがらせて、泣き真似した。


「それから、そのジュラって呼ぶの、やめてください」

「えっ、かわいいじゃん。わたしもユラだし~」それから、由良は、うひひと笑う。「じゃ、〈たまよし珠良〉にしとこかな~」


 遠峯は侮蔑という目をした。

「下ネタ、禁止。ジュラって呼ぶのも禁止です」

 

 その拒絶ぶりに、亜紀は心当たりがなきにしもあらず。

「遠峯さん、小日向こひなた君に『君って〈ジュラ紀〉って呼ばれたことない?』って話しかけられたりした?」

 

「えぇ。中等部の入学式のときに。ジュラ紀って何さ。ジュラ紀、ジュラ紀、クラスの者に浸透しそうになったのを、ぶっつぶした」

「わぁ。さすが、遠峯さん。でも、ジュラ紀って、白亜紀はくあきよりかわいくないですか? わたし、遠峯さんとだったら、〈古代地層ペア〉って呼ばれてもいいな」

「〈暁新世ぎょうしんせい〉といっしょは、いやなわけ」

 新田暁にったさとるのことだ。

 遠峯も、新田が小日向から、〈古代地層〉呼びされていることを知っていた。みな、中等部からの付き合いだから。


「新田君は共通の話題がみつからない」

「からみにくい、もしくは、からみたくないということか。同感」


「あ、ちょっと。ちょっと。それで、おふたりに頼みごとがあるの」

 由良が、すまなそうな顔で切り出してきた。



 3人は廊下で話していたから、廊下を通行中の新田には丸聞こえだった。

(女子がオレのウワサ話をしている。それも、悪口だ)


 いや、落ち込むんじゃない。

 いつか彼女らもわかってくれる。

 オレたちは、〈古代地層ユニット〉だ。そう、小日向が認めてくれたんだから——。

「ぅおーい。女子をあんまりみつめちゃいけないぜっ」

 新田の背を、ぽーんと気安く、はたいてきたのは小島だ。

「な、見てた?」

 小島は新田の肩に腕を回して、声をひそめた。


「見てない」

 新田は小島が、いつのまにか自分を呼び捨てにしてきているのに気づいた。小日向といっしょにいると、彼と仲の良い青木に小島がくっついていることが多かったせいか。


 そんなに親密でもない小島が、「もう3月だぜ。高2が終わっちゃう。来年は受験だぞ」と、ずるずると誰もいない廊下の突き当りまで、新田を引きずっていく。新田は、げんなりとしたが、「そうだな」と同調しておいた。


「高2の思い出、ほしくない? 女子と遊びに行きたい。いっしょに来ない?」

「誰とだよ」

 新田は、ちょっと興味がわいてきた。

「や山崎さん」

 小島は、うれし恥ずかしそうに。


「へぇ」

 純朴そうな小島が、いかにも都会(地方都市)女子ですって感じの山崎由良に惹かれているとは。

「青木にも頼んだんだ。いいねーって乗ってくれた。青木からも山崎さんに推してくれるってさ」

「グループデートか。そういうからには、女子、他に来るんだよね」

「うん。あの女子たち」


 小島が指さした先には、くだんの3人娘がいた。






 小島の悲願は、春休みに叶うことになった。

 雨天でも順延の心配のない、屋内レジャー施設に現地集合だ。


「小島、家が山奥なんだ。通学時間がかかるから帰宅部だし、学校生活の思い出の量があきらかに、オレたちより少ないんだから、なー、遊んでやってよ」

 由良の良心に青木は訴えかけてきたという。

「まー、わたしも、亜紀ちゃんやジュラちゃんと遊びたかったし」


「ジュラちゃん、呼ぶな」

 今日、遠峯は全身黒一色のパンツルックのいでたちで、仁王立ちしていた。


「わ。遠峯さん、女刑事みたい」

 そういう亜紀は、やわらかな、うす黄色のダッフルコートを着ていた。それに小さめリュックという出で立ちだ。


「亜紀ちゃんは、ひよこの着ぐるみみたいだよ。私服、こういう感じだっけ?」

 由良は、亜紀のダッフルコートのふわふわに、すりすりしてきた。


「正月の福袋に入ってたの。最初は、わたしも、びっくりした」

「ジュラちゃんと亜紀ちゃん、そうして並ぶと? 住む世界も何もかも、ちがうふたりが偶然、同じ事件に巻き込まれるやつが発動しそう」

「創るな、ユラ」

「あー、ジュラちゃんの呼び捨てぇ。シビれるぅ」


 こういうとき、山崎由良やまさきゆらは無敵だなぁと、亜紀は感心する。

まったくおくさない。


「お待たせ~」

 しばらくして、小島が青木と新田とでやってきた。男子たちは、ひねりもなく、高校生男子の姿だった。シンプルなダウンジャケットにシンプルなボトム。


 唯一、ひねりがあるのが新田の色付きサングラスだ。

「親父の。レトロで、かっくいいかなって」

 なんでも、昔、刑事ドラマが流行ってたときの影響らしい。


「プライベートは、おしゃれさんだったんだね~」

 由良がウケる、ウケる。


 小島は、その笑顔に、「オレも総刺繍のスカジャンとか着て来ればよかったのか?」と、くやしがった。「持ってないけど」


 そして、青木から、「安心してください。小島が仕切るから」と、発表があった。今日一日は小島に花を持たせようと、男子陣は考えている。


「一日レジャー券だから、お昼、1回、外に出て食べて、再入場ね」

 小島が仕切る。

 がんばれ! 小島! と、青木は心からのエールを送った。


 新田には新田で、別の野望があった。

「ここで、〈古代地層ユニット〉のをあげようよ」

 カラオケルームに入るなり宣言した。


「歌おう。ジュラ紀さん。白亜紀はくあきさん」

 マイクは2本しかなかったから、新田は、とりあえず亜紀にマイクの1本を押し付けてきた。


「えっ、えっ」

 亜紀は勢いに押されて、マイクを受け取ってしまった。


「何ぃ? それー?」

 合皮張りソファーで由良が、ばたばた足をふって悶絶笑いしている。

「でー、何。でー、何、歌いたいの。何、入れたのぉ」

 もう涙目だ。

「あぁぁ~。テクノポップじゃん。亜紀ちゃん、絶対、知らない~」

 ばたばた。


 解析度がハンパないTVテレビ画面に女の子3人組が映し出される。

「おお~」

 小島も青木も思わず声をあげた。


 新田が歌い出す。歌いこんでいるとわかる。

 サビにさしかかる。


「——」

 亜紀の持っているマイクを遠峯が静かに奪った。


 透き通った高音。

 女刑事が歌いはじめた。

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