51  名のみの春

 1月の土曜日の朝、アトリエニケに行くと二家本にかもとがいなかった。

(いちばん乗り)

 すぐに亜紀は、自分のカンちがいに気づいた。

(試験日だった)

 二家本の第一志望は、国立の美大だ。


 2階へあがって行くと、部屋があたたまっていない。

(いつも、辰巳たつみ先輩が先に来てたから、あったかだったんだ)

 夏も同様の理由で、部屋は涼しかった。



 日がとっぷり暮れた頃、ニケのグループラインに二家本の着信があった。

 ♪試験終わりました


 ♪お疲れさま

 次に着信したのは、二家本先生だ。


 亜紀も何か返信したくなった。

(だけど、わたしから、お疲れさまは何だし)、次に思いついたのが、(辰巳先輩がニケにいないと部屋が寒かったです)だったが、変だし。

 ♪おやすみなさい、と送った。


 ほぼ、同時に、

 ♪小学生か

 ♪小学生


 ふたりから、ツッコまれた。

 

  


 それから、月の最後の週末に、オーロラ寮の高3を送る会があった。

 送る会実行委員の長である亜紀は、年が明けてからは、『指名手配!』の踊りの練習をしまくった。


 佐久間涼子さくまりょうこ古田智景ふるたちかげを誘ったら、踊るのは速攻で断わってきた。ただし、佐久間はフルートで伴奏してくれるという。古田も、照明係(懐中電灯)ならと引き受けてくれた。

 ダメもとで、新寮生になった高1女子を誘ったら、おもしろがってくれて、いっしょに踊ることになった。

 こうして、下級生に伝承されていくんだろうか。


 桐野先生はビデオカメラで、ぬかりなく録画していた。

 10年くらいたって、そのビデオをネタに金品をゆすられたら、払ってしまいそうだ。



 年度末に向かって、クラスもあわただしい。

「卒業式の送辞、小日向こひなた君だって?」

 耳ざとい山崎由良やまさきゆらが青木に聞いていた。

「そだよ」

「中等部入学式の新入生代表挨拶も小日向君だったって聞いた。すごいねー、ねー、白井さん」

「ん、すごいねー」

 


「なぁ、白井」

 あとで、こっそり青木に打ち明けられた。

「小日向から送辞の話題出たら、できるだけ、ほめたってくれ」

「ん? なんで」

「『学年主席でもない自分が、この大役って、父親が裏で手をまわしてる』とか、『男子一期生、共学ってところを学校側は強調したいんだろう』とか、とにかく、ご意見が後ろ向きでさぁ」

「えぇ、意外と」

 暗いんでないか。亜紀は口には出さなかったが。

「あいつ、わーりと、根っこはクラいのよ」

 青木は、わかっていたようだ。

「よし、ほめたたえよう」



 昼休みに、亜紀は青木に同行した。屋上に行くと、小日向がひなたぼっこをしていた。Bクラスの新田暁にったさとるもいた。


「小日向君、お邪魔します」

「あれ、めずらしいね」

 小日向は亜紀の顔を見ると、うれしそうだった。

「卒業式の送辞、小日向君ですってね」

「うん……」

「楽しみですね。すてきでしょうね」


「そんな月並みな言葉を並べて! 小日向の気を引こうなんて、白亜紀はくあきさん、浅はかだゾ!」

 新田が冷ややかに言い放った。

「いや。よろこんでるから」

 青木が新田を引っ込めさせる。


「そうかな?」

 小日向が明るい声になった。亜紀は、さらに続けた。

「やっぱり、文系なら小日向君だし。男子でも、小日向君がいちばん人望あると思います」

「そうかな?」


「思っていることを言えるのは、ひとつの才能だな」

 青木が新田につぶやく。

「ぼくだって、さっき、小日向に言った……」

「効果の度合いがちがうんだ、新田。不公平なこと、この上ないが」





 そして、その効果か小日向は、意気揚々と卒業式の送辞にのぞんだ。

 共学になっての、男子1期生とも呼ばれる高等部男子が、小日向の後ろに控えている様は壮観だった。


「——冬の寒さはすでに和らぎ、校庭の桜の木は春への準備をはじめています。

 今日の良き日に晴れて卒業を迎えられる卒業生の皆様、卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます」


 小日向の凛とした声が、講堂に響いた。


「——先輩方の後を受けて,これからは私たちの学年が暁の星となるべく、切磋琢磨し,お互いを思いやりながら、強い一体感をもって新たなあかつきほしの未来を築く存在となることを、在校生一同、約束いたします」


 男子は全員、式典のエスコート役だった。

 この日ばかりは、おねえさま方も甘々で、下級生男子のエスコートを受けていた。



 答辞は、仲村なかむら先輩だった。


「春の訪れを感じる今日の佳き日に、私たちは、この暁の星を卒業します。

 校長先生をはじめ、日々ご指導くださった先生方、ご来賓の方々、保護者の皆様、本日は、私たちのために、このような式を開いてくださり誠に有難うございます。

 6年前の4月,期待と不安が入り混じった気持ちで迎えた入学式。

 私は、ここで同じように新入生代表として、挨拶をさせていただきました。

 そのときは、まだ男子と学校生活を送ることになるとは、実感しておりませんでした」

 会場から小さく笑いが、もれた。

 これは笑うところだったのだろうか。たぶん、そうだ。


「私たちが中学2年生のときに、共学一期生が入学となりました。

 私たちの学年は女子校最後の学年として、必要以上に誇りを持ち、ときには意固地であったかもしれません。

 女子校としての1年間、共学としての5年間は、どちらもかけがえのない思い出を残してくれました。

 私は暁の星学園の生徒であることを誇りに思っております。


 在校生の皆さん、6年は長いようで,あっという間に過ぎていきます。

 1年生は、高等部として身を引き締めてください。どこにあっても、暁の星の生徒であることを忘れないでください。

 2年生は、いよいよ受験生ですね。

 まだ自分の将来や志望校が決まっていないと、焦りがある人もいるでしょう。

 まず、目の前のことをやってみてください。失敗もあるでしょう。それでも、まず、やってみてください。

 先生。

 学校生活において、いつも私たちに寄り添い、的確なアドバイスをありがとうございました。

 学習や進路の面では厳しいことを言われることもありましたが,すべては私たちのためを思って言ってくださることでした。

 先生方のおかげで,楽しくも規律ある高校生活を送ることができました。心から感謝しております。


 いちばんの感謝は、家族に捧げます。

 6年間、支え続けてくれてありがとうございました。


 そして、何より、共に過ごした女子たちへ。

 この6年間は、最高でした。

 女子は、無敵です。

 シスター・マリア・エフゲニーヴナ・ヴォロノワ!

 この晴れの日に、貴女あなたの名をまずに言えた私に祝福をください!

 

 最後になりましたが、ご臨席たまわりました皆様のご健勝と、暁の星の益々の発展を心からお祈り申し上げて、答辞といたします。


 卒業生代表、仲村唯なかむらゆい






 講堂の周りや中庭では、卒業生と在校生の写真撮影会がはじまっていた。

 たぶん、いちばん大きな輪の中に仲村がいる。


 亜紀は下駄箱のところで待機していた。

 青木も所在無げにしていた。

「おーい」

 呼んでないのに小島が来た。

「仲村先輩のところ、下級生が殺到してるよー。オレもブレザーのボタンとか、おねだりしたいー」


「人気の先輩は、鉛筆1本まで持って行かれる勢いだから。身ぐるみはがれるイベントだから。来年が、こぇぇ

 後輩は、もらった先輩のブレザーのボタンを自分のに付け替えたりするんだそうだ。

「あ、青木君も身ぐるみ、はがれるの?」

「……白井、きらきらした目で言うな」


「私、奥山先輩のところへ行ってみる」

「そこは適度な人込みで、いい感じだぞ」

 亜紀と青木と小島は、3人で移動した。


 途中、小日向が、おねえさまに囲まれているスポットを通り過ぎた。

「小日向、高2にして身ぐるみはがれそうだな」

「ふ」

 シャツ一枚で寒そうにしている小日向を、亜紀は想像してしまった。

「だから。白井、きらきらした目をすんな」


 一瞬、亜紀は小日向と目が合った。

「なんか、『助けて』って目をした。小日向くん」

「わかってんなら助けたれよ」

「できることはない」

「無慈悲だな……」


「あ、奥山先輩、いた。奥山センパーイ」

 奥山晴香は井上早智子といた。高1の福田敏子ふくだとしこもいる。

「遅いよ、白井」

 奥山が手招きした。


「写真、いっしょに撮ってもらえますか?」

 小島が自分の携帯を出してきて、お願いする。

 小島、奥山先輩と井上先輩のかくれファンだったみたいだ。


「はい、切腹せっぷく~」

 井上先輩の写真撮影のかけ声に、誰もタイミングがつかめなかった。



「奥山さん」

 話しかけるタイミングを計っていたのだろう、仲村が現れた。

「ブレザーのボタン、全部取られちゃったわ。ボタンがそろってる、あなたのブレザーと交換してくださる?」 

奥山は、ニヤリとした。

「わたしのブレザーじゃ、お姫さまには、お胸回りがキツいと思うけど?」


「うわうわ。部対抗リレーの部長の小競り合いの再現~」

 小島が感激している。


 にらみ合う仲村と奥山が、思い切り笑い出した。

 ふたりの間に入って肩を組んできたのは井上だ。

「さー、皆の者。女子校だったあかつきほしの最後の花火を打ち上げようぞ。いざ! 歌会からおけじゃー。皆、ついて参れ~」


 卒業生女子たちが呼応する。

「参る~」

「参る~」



 在校生は万感の思いで、卒業生を見送った。

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