37  恋だとか、恋じゃないとか 2〈佐久間涼子〉

 オーロラ寮の土曜日の夜。

 佐久間涼子さくまりょうこは就寝前に彼女の個室を訪ねた。


「亜紀さん。ちょっと今、いい?」

 高2になってから、佐久間は白井亜紀のことを「亜紀さん」と呼んでいる。


「桐野君のことなんだけど」

 佐久間は個室に入らせてもらって、扉は背中でしっかり閉めた。

「彼に絵のモデルを頼んだでしょう。吹奏楽部の部長である、わたしに、まず話を通してほしかったんだけど」

「ご、ごめんなさい。気がつかなかったです」

 彼女は、はっとした顔をして申し訳なさそうに謝って来た。彼女も立ったままだ。

 これで以前、言い返してきた女子と同じ女子だ。あのときは、おとなしそうだと見くびっていた。


「桐野君が今日、練習に遅れて来たので」

「そうだったんだ。ごめんなさい」


(この、ごめんなさいは本心なんだろうな)

 佐久間は、もやもやとする。


「——小日向こひなた君には、もう興味がなくなったの?」

「へ」

 彼女は思いがけない質問だったのか、そぐわない声を出した。

「白井さんて、興味を持った男子にモデル頼むでしょ。今度は桐野君のことを、いいなって思ってるの?」


「それは桐野君の演奏する姿がきれいで。それが桐野君自身に興味があるんじゃと問われれば——」

 彼女の説明は佐久間の聞きたい事から、はずれていく。


「亜紀さんには下心ないってわかるけど。よく思わない人もいるから気をつけて」

 言いたいことは言った。

「それだけ。今度、桐野君をモデルに使うときは、あらかじめ言ってね」

 部員の無断遅刻は許せない。原因が白井亜紀なら、なおさら。


「資料にする写真は撮らせてもらったから、もう大丈夫です」

 神妙な顔をして、神妙に言っているけど、カンにさわる。


「おやすみなさい」

 佐久間は、お決まりの就寝の挨拶を交わして、自分の個室へ戻った。


 結局、佐久間は白井亜紀と話していると、いつも、もやもやする。

 

(ああいうキャラなんだ、彼女は)

 彼女が屈託なく、桐野薫きりのかおるにモデルを頼んだことは佐久間にも想像できた。

 まわりが、それを受け入れることも。


(ずるい)


(途中から編入してきて)


 ずっと時間をかけて、自分は小日向との関係を作り上げて来たのに。


 小日向が定めた妙な決まり、『在学中に特定の女子と付き合わない』ことを念頭に、いちばん近くにいる女子を目指してきたのに。

 小日向は、〈ミス暁の星女子〉と呼ばれる仲村なかむら先輩にさえ、なびく様子がないから安心していたのに。

 


「亜紀さんが桐野薫君にモデルを頼んだの、知ってる?」 

 オーロラ寮生として白井亜紀とは仲良しアピールしたくて、「亜紀さん」と呼びはじめたのに。


 小日向との話題に、ちょくちょく彼女の名を出すのも。


「桐野君って、桐野先生の甥っ子だったよね?」

 体育祭の部活リレーでアンカー走った男子だよね。足、速かったね、と小日向は覚えていた。

「そう。彼、吹奏楽部の期待の星で」


「1年の桐野君?」

 古田智景ふるたちかげが話に加わってきた。彼女はBクラスだが、学科によってはAクラス入りする生徒のひとりだ。

「白井さんて、モデルにするの、男子ばっかじゃないー?」

 

(そうそう。私も思ってた)

 佐久間は心の中で激しく同意する。


「自分にない骨格とか、好きらしいよ」

 小日向は、ものすごく白井亜紀を好意的に捉えている。それが、くやしい。


「あー、美術部っぽい―。こないだまで白井さん、剣道部の青木君が、お気に入りって聞いたけどぉ? 飽きるの早いね」

 古田が、さらっと。


(あ、それ)

 ちらりと、佐久間は小日向を見た。

 フォローを入れようにも授業開始のチャイムが鳴ったので、話は、そこで終わりになってしまった。


(気を悪くしたんじゃないかな)

 佐久間は、そのくらいはわかった。

 ずっと、中等部の頃から小日向のことを見て来たのだから。

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