36  恋だとか、恋じゃないとか 1 〈福田敏子〉

 福田敏子ふくだとしこ桐野薫きりのかおるは高等部1-C、同じクラスだ。

「福田。オレ、おまえんとこの部長に絵のモデル、頼まれた」

「え、いいの」


 桐野は吹奏楽部だ。コンテスト参加は絶対ではない部の方針ながら、慰問だ、共同コンサートだと、あかつきほし学院では忙しい部のひとつだった。

「うん。おもしろそうだから」



 夏休みが近い土曜日の午後。

 美術部部室で桐野は白井部長の願いのままに、ホルンを手にポーズをとっている。それを白井部長は写真に撮り、クロッキーをし、資料にする。

 福田と森夕貴もりゆうきも後輩の務めとばかりに、その手伝いをした。


「いい感じの男子ですね。どうやって、モデルに、くどいたんですかね」

 桐野にみとれた森が、こしょっと福田に耳打ちした。

「白井部長だから」


 本当に白井部長の審美眼はスゴい。

(あ、って言っちまった)


 ホルンを抱えている桐野は、竪琴を抱いたオルフェウスのごとく。

 その妄想を、福田は誰にも話しはしなかったが。


 あの『Enjoy English!(英語を楽しもう!)』の福田たちの演目の時、白井部長のセリフ、「“The next day.”」に大きな声をかぶせてきたのは、桐野だった。


「桐野君、ありがとう。あれで、一気に会場がわいたよ」

 演目の後、福田は桐野にお礼を言った。


「いや、おもしろかったから。福田の脚本」


 ほめられた。福田の心が、ぴょんと飛び上がる。だが、それは顔には出さない。ちょっと口をすぼめただけだ。


あかつきほしに演劇部とかないのが残念だね。福田、将来、そういうの、したら」

 さらに、桐野は真顔で言うのだ。


 それが、すっごくすっごくうれしかったことを、福田敏子は誰にも言うつもりはな

 い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る