31  新年度は恋の季節 2

 次の日から、ムダに亜紀は下級生の前で年上女子を装った。

 誰にでも公平にやさしい! 白井亜紀は、みんなのお姉さん!

 さかいの好意は淡い憧れ! 早く気づいて!



「亜紀? 亜紀あーきさん」

 いっしょに弁当を食べていた山崎由良やまさきゆらが、さすがに声をかけた。

 亜紀が寮弁当の卵焼きを箸にはさんだまま、30秒近く静止したためだ。


「白井」

 たまたま通りかかった青木も、最近、亜紀の様子が変なのに気がついていた。

「なんか悩んでないか? 目が空中さまよってるよ。前からヘンだったけどど、ここんとこ心配レベルだ」


(い、色に出にけり)

 亜紀は、ぐぐぐと口をへの字にした。

「うぅ。中2男子に好きって告白された」


「まじ」「きゃあ」

 青木と由良が食いついた。


「慕っているという感じなのかな」

 ふぅっと、亜紀はため息をつく。言ってしまうと、少し楽になれた。


「亜紀は、そのコのこと、どう思ってるの?」

 由良が踏み込んできた。


「いい子だよ。いっしょに部活やって来たし。一生懸命だし、やさしいし」


「美術部なのか? あー、あのおとなしい男子。が、好きって」

 青木は意外だったらしい。


「部室で、ふたりきりになったときに言われた」

 入江先生は、いなかったことになっている。


「やるな」


「なんか、動悸ドウキがする。って言葉の威力、すごいねっ」

 きらきら、亜紀の瞳が輝いていた。





 ♪小日向、手遅れになっても知らないぞ

 その夜、青木は親友へラインを送った。

 ♪白亜紀に中等部男子が告白した



 最近、小日向こひなたは進学塾のコマ数をふやして、青木と直に会って話す時間がなかった。


 小日向の返信は、わりかし、すぐに来た。

 ♪白亜紀は

  けっこう中等部に人気があるんだね


 (余裕かい)

 青木も、すぐに返信する。

 ♪余裕こいてると足元すくわれんぞ


 運動部では、後輩が先輩を追い落とすのは、ままあることだ。現に青木は剣道部で、まさにそういう立ち位置になっている。


 ♪中等部男子って誰

 さすがにそこまで言われると、小日向も気になったらしい。


 ♪美術部の男子

  おとなしいからノーマークだったけど

  背なんかオレら抜くんじゃない?

  あれで自信をつけたらこわいぞ


 青木は思い切り、ゆさぶってやった。

 小日向の返信が止まった。ライン電話が鳴った。青木は、にやにやを押さえられずに出る。

「どうする? 理央りお白亜紀はくあきって、情に弱いタイプみたいだから。流されちゃうぞー」


『おもしろがってるだろ、おまえ』

 携帯の向こうの小日向は、確実に眉間にしわを寄せている。

「ぐふふ」

 青木は、思わず悪い笑い方をしてしまった。小日向をやり込める機会など滅多にないのだ。

『うぅ~。そうだ、美馬みま、おまえが盾になれ』

 しぼりだすような声を、小日向は出した。


「なんで」

『なんでもだ』



 


「ね、青木君、最近、白井さんを、かまい過ぎじゃなーい」

 由良は口をとがらせて、目の前の青木を胡乱うろんな目で見ている。


 いつの間にか、教室での由良と亜紀のランチタイムに、青木と小島こじまが混ざりはじめたのだ。彼らは机を寄せて、おのおのの昼食を食べていた。


「あ、元から仲いいじゃん。オレたち」

 青木の昼食は、母お手製のしゃけ弁当だ。

「オレたち?」

 由良は納得いかないふうで、食べるのを中断した。


「オレと小島と山崎さんと白井さん」

 青木は、剣道なら有効打突ゆうこうだとつの笑みを繰り出す。

「——どうして、小島君が入ってんの?」

 由良の返しも早かった。


「えっ」

 小島が小さく慟哭どうこくした。小島の昼食は今日は、購買部の焼きそばパンとコーヒー牛乳だ。メロンパンは、すでにたいらげた。

「山崎さん、オレも編入生仲間じゃん」

「だけどさ」


 小島の涙目に亜紀は、「小島君も、仲間だし」と言いかけたときに、「白井さーん。先輩がお呼びですー」と、廊下側の生徒が声をあげた。

 教室入り口に眼鏡の大柄女子がいた。井上早智子いのうえさちこだ。


 亜紀は急いで食べ終えた寮弁当のふたをして、席を立った。


「どうかしましたか。井上先輩」

 高3になって部活引退した井上に会うのは、久しぶりだ。それに、上級生が下級生の教室に来るのは、滅多にないことだ。


「ふふ。後輩のモテモテぶりを見に来た」

 井上の眼鏡の奥の目が、ほそーくなった。


「え」

 亜紀は引きつる。


「奥山から聞いたぞ」

 井上は手で口元をかくし、声をひそめた。

「——さかいに告白されたと。茶道部男子は、どうしておる? 美大浪人ストーカーまでいるそうじゃないか。クラス内では、今、剣道部男子に熱い視線を送られている最中と見た」

 教室の中を、ちらっと亜紀が振り向くと、心配そうな青木の目線とかち合った。

「井上先輩、妄想、入ってますぅ」

 亜紀も小声で井上に、にじり寄る。


「いい加減、向き合え」

 井上は両手で亜紀のほっぺたをはさんだ。

白井亜紀しらいあきの人生、最初で最後のモテ期やも知れぬ。逃すと枯野かれので、ひとり朽ち果てることになるぞ」

「それはやだ」

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