30  新年度は恋の季節 1

 新年度の4月、中等部には新入生が入学してきた。

 真新しい制服の大きめブレザーが、その幼さを強調する。そんな彼らも、高等部にあがるころには、ふてぶてしくもなるものだ。


(あら、いけない)

 入江先生は気分を切り替えた。

「さぁ、部員確保ですよ~」

 美術部部員たちに発破はっぱをかける。

「みなさん。美術部の魅力を、新入生に存分に伝えてください。特に白井さん。部長としての初仕事ですよ!」


「はい!」

 亜紀は、精一杯の返事をした。

 新入生歓迎会の部活紹介は、部長の力量の見せ所だ。講堂に会した新入生に向けて、部活の楽しさをアピールする場だ。


「白井部長~。さかい君が青ざめてま~す」

 森夕貴もりゆうきから報告があがってくる。舞台のそでに美術部部員は集まっていた。あと少しで出番だ。


「ピンマイク、堺に多めにさしといて~」

 フクフク部長、今年度からの通称、フクフクは冷静だ。

「白井部長にもさしといて~」

 亜紀も心なしか青ざめていた。

「前世、姉弟キョウダイだったかってくらい、行動が似ている大熊小熊オオグマコグマ


 さっきから、ペットボトルの水を手放せない亜紀と堺。

「大丈夫、大丈夫」と小さな声でつぶやきながら、講堂壇上脇に待機している堺。それに「大丈夫、大丈夫」と、輪唱のようになる亜紀。


「行きますよ~。白井部長」

 フクフクに亜紀は腕をがっしりつかまれ、堺は森に押し出された。


 4人は壇上いっぱいに広がる。新入生側から見て左から森、亜紀、堺、福田と並んだ。両手に掲げるは応援うちわ。〈歓迎 暁の星新入生様〉の文字や、〈入部して!〉、〈いっしょにがんばろう〉、〈初心者歓迎!〉、〈自己表現〉の文字が躍る。

 福田だけは前部長、奥山の描いた『母子像』のキャンバスを頭に乗せて、両手で支えていた。


 講堂いっぱいの中1の視線が、亜紀を捕える。目の前が、くらくらする。

(えぇい、やるのだ)

「新入生のみなさん! 入学おめでとうございます! 高等部2年、美術部部長、白井亜紀しらいあきです」

 一気に言い切った。


 それに堺が続く。

「中等部、部長! さかい真人まひと、でっす!!」

 マイクが、きーんと鳴った。

 堺の声は高校球児の選手宣誓ぐらい、でかかった。やればできた。

 そして、ぼっと、点火の音がするくらい、堺は真っ赤になった。

 亜紀は、さらにテンションをあげていく。


「みなさーん! 美術部部室は、あかつきほしでいちばん標高が高い、高等部棟の4階奥にあります。〈少人数〉なのを〈アットホーム〉と言いかえるなら、コタツを囲める人数の美術部。まさにホームなのです。

絵が描きたいなって小さな興味からで大丈夫です。美術は、大きな意味で自分を表現すること。やり方は何でもあり!」

 亜紀は抑揚に気をつけて、腹の底から声を出した。


「みんなで、楽しみましょう!」

 最後を、4人で声をそろえて締めくくった。



「ひぃぃぃ~」

 講堂壇上脇に退場してから、亜紀は堺の背中を、ばんばんたたいた。

「堺くーん、よかったー」

 ピンマイクが入ったままだった。

 講堂で、わっと笑い声があがった。



 それからの部活日は、中1の見学が絶えなかった。

 予想以上に見学者がいて、亜紀と福田が手いっぱいになったとき、森と堺は新入生の興味をそらさないように、がんばってくれた。

 意外と、堺の面倒見が良い。


「私のぉ、教育のたまものですよ」

 森は胸を張った。

「ここまで来るのは長かったです。小学1年生で、家まで間に合わなくて、おもらししちゃった堺君を私が助けて、それ以来の付き合いですから」


「うわー、そりゃ、堺君、森さんに頭があがらないわけだ」

 福田が、わかったという顔をした。そして、森のいないところで、亜紀にこっそりささやいた。

「森ちゃん、れてますね」

「ホ?」

 亜紀、聞き返す。

「森ちゃん、堺のこと好きなんですよ。ずっと」

「ずっと? 森さん、堺君にキツいよね?」


「ツンデレのツンばかりが出現している状態ですね。でも、森ちゃん、堺のこと好きですよ。堺を中等部の部長に推したときも、堺に自信を持ってほしいから協力してくださいって、わたし、お願いされたんです」

「ええ~、気がつかなんだ」

「白井部長ですから」

「なんだか、人として、森さんの方が部長じゃない?」

「うん。白井部長ですから」

「その白井部長ですからって?」




 だから、亜紀は堺に「好き、です」と告白を受けたときは、成層圏を突き抜ける驚きだった。


 堺が、クマのぬいぐるみに似た堺が、真っ赤になりながらも、はっきり言った。

「し、白井、部長のことが、好きでっす」


 美術部準備室。たまたま、堺と亜紀が2人だけになったときだった。

「えっえっ。告白した? 堺君が、白井さんに」

 いや、教室の隅に入江先生がいて、堺と同じくらい顔を赤くしていた。


 


「で、で、白井なんだ」

 オーロラ寮の個室で亜紀に相談を受けた奥山おくやまが、ベッドからずり落ちそうになりながら、ひーひー笑っている。

「人見知りのシンパシー同感を感じたか。年上への憧れか。堺はいくつ年下になるんだ、ひー」


「3つ?」

 亜紀は奥山のベッドに腰かけて、頭を抱えている。

「許容範囲」

「からかわないでくださいよ! 堺君は森さんの思い人なんですよ。あれ以来、部活やりづらいったらない!」

「恋、だよ。白井も身に覚えがあるだろう?」

「ない」

 亜紀は即答できる。


「あ~、デッサンの対象物としてしか男を見てこなかったか。白井、では、今がハルだ。恋の季節だ」

「こっ、こっこっ」

 亜紀は、ニワトリになっている。


「案外よろしいかも。白井には年下のぼくちゃんが。オトナ大人のお付き合いを求められても、白井は対応できないだろ?」

「オツケモノ、オトナの」

「もうテンパってるし」

「奥山部長、助けて」

 亜紀は奥山にすがりついた。

「部長は君だよ。とにかく、堺にはオトナ女子の余裕を示せ」



(先輩として、余裕! オトナ女子として、余裕!)

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