29  年度末のいろいろと祖母の着物

 あかつきほし学院は二学期制だ。後期(10月~3月)も後期、年度末に入った部活動日は落ち着かない。各部で、役引継ぎ会があるからだ。


「高等部で投票審議した結果、満場一致で、白井しらいが高等部部長です」

 奥山部長が告げた。


(満場一致って言うんだ)

 亜紀は苦笑した。高2になる美術部員は亜紀しかいない。


「高等部副部長は、福田ふくだにお願いします」

 いや、本当に美術部部員少ないから、高1になる福田敏子ふくだとしこは、中等部の補佐役も兼ねる。


(中等部部長は、しっかり者の森さんかな)


「投票の結果、中等部部長はさかいにお願いいたします」

 奥山部長の言葉に、背の高い堺が椅子から跳ねるように立ち上がって、座って、も一度、立ち上がった。

「中等部3人に投票してもらった結果が、森へ1票、堺に2票でした」


 亜紀は森と福田を、ちらりと見た。ふたりとも涼しい顔をしている。


「でき、でき、でき、ませ」

 堺の目が泳いだ。

「やったら。たいして仕事ないって」

 福田が言っちゃった。


「ぼく、は、森さんが適任、だと」

 堺が、めずらしく言い返している。

「わたし? めんどくさいもん。堺君がやってよ」

 森が言っちゃってる。


 しばらく、堺は抵抗するように、「でも」を繰り返した。そのたびに、森か福田に、「ふーん」とか、「厳正なる投票結果だよ」とか、あしらわれた。このちから関係は最初から見えている。最終的に堺はコクリと、うなずいた。


「はい、じゃ、決まり~」

 入江先生が壁際から現れて、ぱん、ぱんと手を打ってシメとした。


(いつもながら、いたんだ、先生)

 亜紀は、もはや特殊能力と言える存在感がうすい顧問に恐れ入った。




 その流れで、この昼休みは高等部部長会が招集された。

 部長は新高2生がなる。亜紀の知った顔ぶれもいる。

 まず、小日向こひなたがいた。茶道部部長だ。佐久間涼子さくまりょうこもいた。吹奏楽部部長だそうだ。


 部長会は長いものではなく、さらっと新部長の自己紹介で散会した。


白亜紀はくあきさん」

 小日向が声をかけてきた。

 こんな場所でニックネーム呼びだ。亜紀は赤面した。

暁新世ぎょうしんせいを紹介させて」


 男子を連れていた。たしか、運動部の何かの部長だと自己紹介していた。名前は——、亜紀は速攻で忘れていた。


「Bクラスの新田暁にったさとるです」

 するどい視線で男子は亜紀を見てきた。つり目のせいだろうか、印象がきつい。


「もう一文字が惜しかったんだよね~。〈せい〉の字が入ってれば完ぺきだったのに」

 小日向が、にこにこ笑っている。


「……そうですか」

 小日向のネーミングセンスの餌食えじきか。亜紀は相憐あいあわれむ目線で、新田をみつめた。


「上から目線やめろよ!」

 いきなり新田は声のトーンは押さえているものの、威嚇いかくしてきた。

白亜紀はくあきさんには負けるさ! 完ぺきだよな! ジュラには負けても仕方がない。でも、白亜紀はくあきが存在するなんて……」

 新田は本当に、くやしそうに唇をかんだ。だが、その感情を吹っ切るように、亜紀に握手を求めて来た。

「仲良くしてくれ。小日向が言うなら仕方がない」


「あ、……、ひぃ」

 おっかなびっくり差し出した亜紀の手を新田は、がしっとつかんできた。

「ジュラと、ぼくと、君とで、〈古代地層ユニット〉だ」


「ユ、ユニット?」

 亜紀は、ひきつりながら小日向を見た。小日向は、にこにこ笑っている。


(いやぁぁ~、やめてぇぇ~)とは言えない雰囲気だった。

 亜紀は、〈空気が読める白井さん〉に進化していた。



 

 それから、オーロラ寮に帰ると久しぶりに母から携帯に着信があった。

『春休みはどうするの』


「できるだけ画塾に通うつもり」

『おとうさんが、伯父さんのところに行きたいんですって』


 亜紀の母が、伯父さんのところと言っているのは父の実家のことだ。亜紀の祖父と伯父家族は、山寄りの静かな街で暮らしている。

 高速道路を使っても、車で半日以上かかるところだ。

 父はドライブも映画と同じくらい好きみたいで、苦にならないようだった。



 春休み、父の実家へ行くことに異論はない。





 そして、春休みに入った。

 走行する車の前列で、母と父が話している。

「一泊しなきゃいけないの?」

「近くに大人3人一部屋でとれるホテル、ないだろ」


 伯父の家に向かう道中で必ず交わされる、お約束みたいな会話だ。

 それを亜紀は、後部座席で聞いている。


 数時間後、多少の渋滞に巻き込まれながらも、亜紀たち家族の乗った車は無事、伯父家族の住む田舎の家にたどりついた。


「いらっしゃーい」

 伯母と伯父が迎えてくれた。

「よう来たね」

 祖父も元気そうだ。

 

「よかったわ。そろそろ来てって催促さいそくしちゃってごめんなさい」

 伯母さんは、まず亜紀の母に話しかけた。

「おばあちゃんから、亜紀ちゃんの着物を頼まれてて——」


 亜紀が産まれる前に亡くなった祖母は、果樹農園の跡取り娘だった。父と伯父は、ふたり兄弟だった。今、伯父の子供は成人した男子ふたり。

 祖母の着物を託す血縁の女子は、亜紀しかいない。

 「生まれてくる女の子に、わたしの振袖を着せたい」、それが、祖母の願いであったという。


「亜紀ちゃんの、はたちの振袖にね。ちょっと早いくらいが、ちょうどいいかなって」


 その日は伯父の家で夕飯をご馳走になって、そのまま泊めてもらって、翌日、仏間に呼ばれた。


「どう? 亜紀ちゃん」

 伯母さんが、畳の上に敷いた緑の大きめの毛氈もうせんの上に、着物の入った、たとう紙を広げていった。 

 着物からは嗅いだことはないはずなのに、懐かしい香りがする。


「きれい」

 その着物は、ふわっと存在を放ってきた。

 赤葡萄酒のような色の地に大きな菊の飛び柄。

 菊の一部は、絞りで表現してあった。


「帯も見て」

 伯母さんが、いろいろ広げてくれた。

「使えるかな」

 帯を着物にあてていく。


紀子のりこさん、私に任せてもらえます?」

 伯母さんは、亜紀の母に断りを入れてきた。


「お願いします。私は着物はわからなくて」

 亜紀の母は、広げられている着物や帯に圧倒されたようだ。


「うちは男の子だから、こういうことできなかったの。うれしいわ。そうだ」

 伯母さんの声がはずんだ。

「亜紀ちゃん、色留袖も見とく? おばあちゃんの礼装用の三つ紋よ。よい時代のよい職人さんの手がけた品だから、今じゃ手に入らないと思うわ。伯母さんが着させてもらってるけど、後々は、亜紀ちゃんに、ね」


 その様子を見ていた、おじいちゃんが涙ぐんだ。

「死んだばあさんも、お堂の陰から喜んでいるよ」


 それは、ちょっと言いまちがっている。

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