34  2回めの体育祭

 また、体育祭の季節が来た。

 去年と同じ手順を踏みながら、体育祭当日を迎えた。

 部活対抗リレー、亜紀はアンカーだ。


(あ~、いや。心臓、飛び出しそう)

 部長を引き受けたときは、部活対抗リレーでアンカーになることなぞ忘れていた。


「あと3人は、せっかくだから、新入生に行ってもらいましょう」

 今年度は3人、新入生が美術部に入部していた。

 福田副部長フクフクは、てきぱきと差配していく。縁の下の力持ちに徹する女子だ。 

「いやー、そういう格好、わたしはカンベンなだけですけどね」

 福田は亜紀をみつめた。

 

 亜紀は、落ち武者だった。

 ざんばら髪に段ボールの甲冑姿。刀は抜いたままで矢が、背と胴に刺さっている。


「白井部長、ご苦労~」

 井上早智子いのうえさちこが〈風林火山〉と白抜きされた紫のタオルを肩にかけて現れた。

「ありがとう、美術部隊。わが願いを聞き遂げてくれて」


 そもそもは、井上がリレーのテーマを平家物語にしてくれと持ち込んできた企画だ。井上指導の下、美術部員はコスプレ道具の制作に明け暮れた。


「この走りを井上氏にささぐ!」

 亜紀は中1の3人と、えい、えい、おー、と、勝ちどきをあげた。

 ちなみに、第1走者、安徳天皇あんとくてんのう

 第2走者、徳子とくこ

 第3走者、耳なし芳一ほういちだ。

 今、亜紀が持っている段ボール製の刀をバトン代わりにする。


 入退場門で亜紀たちが待機していると、茶道部隊がやってきた。

「平家、すでに滅びているぞ。白井部長」

 浴衣姿の茶道部部長、小日向こひなたが、亜紀にふっかけてきた。

 これが体育祭名物。入場前の部長同士の小競り合いだ。


(相変わらず、すてきな着流し姿)

 亜紀は、うっとりとなりかけたが部長の務めを果たす。

「茶道部か。おとなしく部屋で茶でもてておれば討たれまいに」


 小日向は笑顔で、すいと亜紀に近寄った。

「さすが美術部だよね。本気度がちがう」

 ほめているのだろうか。あきれているのだろうか。どっちでもいい。ひたすら、はずかしい。

 はずかしいが、亜紀も一歩も引く気はなかった。落ち武者として走り抜く所存。



 次に、「白井部長」と呼び止めてきたのは、ホルンを抱えた男子だった。知らない男子だ。

「吹奏楽部さん?」亜紀の問いに、「はい。お手柔らかに。アンカー、行きますんで」、男子は答えた。


 吹奏楽部の部長は、佐久間涼子さくまりょうこではなかったか。

 それを察したのだろう。男子は続けた。

「佐久間部長、さっきの競技で足首、ひねってしまって、ぼくが代わりに。高1の桐野薫きりのかおるです」


「あ」

 桐野という苗字と男子の面差しに、亜紀は思わず声をあげた。

Enjoy English!英語を楽しもう!』で小耳にはさんだ、桐野先生の——。

「桐野先生の甥っ子さん」

「はい。かくしていたんですけど」

 どこか不服そうに、男子は言った。


(いや、無理だろ。その苗字だし、桐野先生に似てるし)

「おぅ。一刀両断にしてくれる」と言っておく。

「はい。おんりょう退散」と返ってきた。〈怨霊〉と〈音量〉を、小気味よく彼はかけたものだ。

 

「吹奏楽部、写真、撮りますよー」報道部が呼んで、「それじゃ」と、桐野先生の甥っ子は、一礼すると去って行った。



 そして、部活対抗リレー、亜紀は必死で走ったとも。

 段ボールの甲冑かっちゅうは壊れていく。

 紙製の青い月代さかやきのヅラは飛んだ。

「それすらも計算。滅びの美学」

 井上先輩はご満悦だった。


「ひーひー」

 走り切った亜紀を、小日向が待っていた。


「なんか、すごい殺気を背中に感じたよー。楽しかったねー」


(小日向君ときたら、もう、いっつも)

 亜紀はドキドキとしていた。

 そのドキドキは、全速力で走ったせいだと思っていた。




 きゅい。

 体育館そばの水場で顔を洗っていると、「白亜紀はくあきさん」小日向が声をかけてきた。

(落ち武者姿を見られるのと、洗顔後を見られるのと、どっちがはずかしいかなー)

 もう気にしないことにした。

 タオルで顔をふいている亜紀に、そういえば、という風に小日向が切り出した。

「後輩に告白されたって?」


「はい。私も好きだって伝えました」

「え」

 亜紀のストレートに小日向は、一瞬ゆらいだ。


「いっしょに部活がんばってきたんです。好きに決まってます」

「そういう、好き——」

 小日向は、どこか安心したような表情をした。


「そういう、好きです」

 そう言って、亜紀は、きらきらの瞳で小日向を見ている。つい、小日向は、からかいたくなった。

「じゃあ。ぼくのことは」

 かるい冗談のはずだ。


 しかし、亜紀は、まったく固まってしまった。

 あろうことか、目までそらしてしまった。

 デッサンの対象物なら見つめ続ける、白井亜紀しらいあきが。

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