33  いっしょに歩きたい人

 その頃、堺真人さかいまひとが亜紀に告白したことを、森夕貴もりゆうきは知ることとなった。

 部活の間、堺は亜紀を目で追ってるし、亜紀は堺に対して挙動不審あんにゅいだし、カンのいい森が気づかぬわけがない。


「ヒトくん。もしかして白井部長のこと?」


 堺の名は真人まひと。ヒトくんと、森は幼稚園時代から呼んでいた。

 聞かれて、堺は赤くなった。


「ユキちゃん……」

 堺は森のことを幼稚園時代から、そう呼んでいる。

「うん。好きですって伝えた。……返事を待ってる」

 小声なくせに、しっかりと言った。


 

 森は部活に来なくなった。





「わたしが、しっかり向かい合わなかったせいで」

 亜紀は入江先生の前で、うなだれた。


 放課後、高等部の美術準備室に入江先生は亜紀を呼び出していた。

「白井さんが部員の部活欠席を放っておく状態は、部長としてよくないし、堺君のことは、その、白井さんの気持ちはどうなのかしら」

 入江先生は女学生のように、ほんのり頬を染めている。


「大事です。堺君も、森さんも。大事な仲間です」


 静かに目配りをする堺と、文句を言いながらも人一倍はたらく森のことが、亜紀は大好きだった。


「なら、白井さん、ふたりに自分の気持ちを、ちゃんと話してらっしゃい。余計なお世話ながら、堺君を中等部の美術実習室に呼んでおいたわ。森さんは、今なら中等部棟の屋上にいるわ」


 入江先生の特殊能力は、壁と一体化するだけじゃなかった。



 まず、亜紀は美術実習室に向かった。堺は窓の側で外のグラウンドの風景をぼんやり見ていた。亜紀が来たことで、はっと察した顔をした。入江先生には、ただ、「放課後に中等部の美術実習室に来てね」とだけ言われていたのだ。


「ぼく、白井部長に迷惑を……」


 亜紀は左手のひらを堺に向けて、(ちがうよ)と。 

「そうじゃないよ。ここで返事させて」

 亜紀は堺を、まっすぐに見た。

「堺君、わたしを好きだって言ってくれてありがとう。私は部長として堺君を頼りにしてる。いっしょに部活をやっていきたい」


「……」

 堺は、ゆっくりと前を見た。見上げる亜紀の一生懸命な顔があった。

 堺は、亜紀のそういうところが好きだ。

 恋だった。まったくもって、恋だった。


 体から力が抜けるような無力感を味わってはいたが、同時に、ふわふわとあたたかさが満ちてきて、堺は照れ笑いした。

「こ、こちらも、後輩として、これからもよろしく、お願いします」

「これからも、頼りない先輩かもしれないけど、よろしくお願いします」

 ふたりは、ぺこりとお辞儀しあった。


 それから、堺は心配そうな眼をした。

「ぼく、森さんを怒らせちゃったみたいです。幼なじみで何でも相談してたのに、部長に告白したのは内緒にしちゃったから……」


(はぁ⁉)と、亜紀でも声をあげそうになった。


「えーと。堺君?」

 亜紀は、言いかけて飲み込んだ。言っちゃダメだ。これは堺君と森さんの問題だ。



 それから、亜紀はひとり、西側に突き出した中等部棟の屋上に向かった。森夕貴もりゆうきが、そこにいるはずだ。

 

 森はスケッチブックに、水彩画を描いていた。

 美術部部室には来なくなったけど、屋上で、ひとり部活をしていると、入江先生は教えてくれた。


「ここから見える風景が、いちばん好きで」

 森が描いていたのは、屋上から見える風景だった。

 駅のある街並みが見える。正門からバス通りに続く坂道も見える。


「そうだね。こんなふうに見えたんだ。私は高等部からだから知らなかった」

 柵越しに見る風景の中、新幹線が、きらきらと走って行った。


「堺くんが、白井先輩のどこが好きなんだかわかりません」

 ちょっと間があって、森が言った。


(ディス、イズ、思い切りディスられてます、わたし)

「そうだね。でも、部活には、おいでよ」


「そうですね」

 亜紀の左側に森が来た。亜紀とは目を合わさず、風景を見ている。

「わたしが辞めたりしたら、白井部長の面目がたちませんものね」


(これがツンデレのツン? 涙、出そう)


「わたし、入学式の日、あの坂道を堺くんと上ってきたんです」

 森は、きっとバス通りに続く坂道を見ている。

「登校も。下校も。ほら、小学校も同じだったから、ずっと、いっしょ。そんなふうに、ずっと、いっしょだと思ってました」


「……」

 亜紀も坂道を見ていた。

 スクールバスが坂道の曲がり角で、慎重に、ゆっくりカーブを切ってくるところだった。


「でも、ちがうんだなって。それに、びっくりしちゃって」

 ふぅと、森は、ため息をついた。

「でも、なんで白井部長?」


(いや、また、そこに戻る?)


「冷静になってみれば、わたし、堺君にフラれたわけじゃないし。白井部長より、かわいいし。白井部長よりも、しっかりしてるし」


 亜紀は、森のツン攻撃にノックダウン寸前だった。


 それから、いきなり、森は吠えた。

「ヒトォ! あとでー! わたしが、いちばんステキだったとづらかくなよォォ! 以上!」


 そして、亜紀に無茶ぶりしてきた。

「白井部長も! 思いのたけを叫んでくださいっ! でなきゃ、わたし、部活に行きませんよっ!」

「脅しっ!」

 亜紀は青ざめた。

 しょうがなく、一息深く息を吸った。そして、吠えた。

さかいィ! そばにいて気づかないもんなのォ! びっくりしたー!」


 ははは、あっ、ははは。

 ふたり、笑った。森はツインテールがなびかせながら、笑っていた。

 次に真顔になって、「白井部長は、あの坂道をいっしょに歩きたい人っていますか」と。

 坂道を差した、その右手を、そのまま森は歩く人に見立てて、亜紀の腕から肩を歩かせた。


「い、いっしょに歩きたい人」

 亜紀は思い浮かべようとしたけど、きらきら白く輝くばかりで、それは人型にならない。


「えーい」

 森が、いきなり両手参加で亜紀の脇腹をこしょぐり出した。


「やめてぇ、やめてぇ。くすぐった……」



 中2に、くすぐり倒される高2って、どうなんだ。

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