49  わたしは、あなたのアクセサリーじゃない 1

 正月の松の内の間に亜紀は両親と、伯父の家に年賀の挨拶に来た。 

  

もち、食べんか」

 祖父が座敷から亜紀たちを手招きする。

 6人掛けの長方形のテーブルに正方形の別のテーブルをつなげた、田舎ならではの広いダイニングで、心尽くしの昼を御馳走になった後のことだ。

「父さん、もう、お腹いっぱいだよ」

 父は、そう言いながらも座敷に移動した。


 台所の側の座敷の縁側には、街では見なくなった手あぶり火鉢が置いてあって、炭火がおこしてあった。五徳ごとくに網をのせ、その上で餅を焼く。祖父はせわしなく、丸餅をひっくり返した。

「餅は爺さんに焼かせろと言ってな」

 おそらく、ちがっている。


「お義父とうさん、少し、開けときますね」

 伯母さんが換気のために掃き出し窓を細く開けた。


「亜紀ちゃんは、彼氏おるんか」

 祖父は気になったことを、すとれーとに聞く性質たちだった。老い先短いから、だそうだ。

「亜紀は、彼なんてできませんよ~」

 座敷についてきた母が、うすら笑いで否定した。

紀子のりこさんには聞いとらん」

 すとれーとだ。


「ダメよ。おじいちゃん。女の子に、そんなこと聞いちゃ」

 台所から、伯母さんのイエローカードが出た。


「ヒロは、今、に行っとるよ。ヨシも、ってやつ、かの」

 祖父は、男の孫の話に切り替えた。

 ヒロもヨシも亜紀の年上の従兄弟だ。

「でーと」

 亜紀は、思わず鼻の穴が広がってしまった。


「っても」伯母が、台所から話す。「河原に石投げに行くか、ショッピングモールしか、デートコースないんだな。ここは。大体、誰が誰と付き合っとるか丸わかりよ」


(こ、個人情報~~)

 亜紀は微妙な笑顔で聞いた。


「せっかく亜紀ちゃんたちが来てくれたのに、バカ息子共、出かけちゃっててごめんなさいね~」

 伯母さんは台所仕事が終わったのだろう、エプロンをはずして、柱に打ちつけたペグにかけた。それから、亜紀たちがもちを堪能したタイミングで、仏間に誘ってきた。


「振袖、いい感じに直って来たわ」

 畳に敷いた大きめの緑の毛氈もうせんの上に、新しいたとう紙に収められた着物、帯、付属品が並べてある。

「これ、そのまま、美容院に持って行けばいいようにしてあるからね」

 着物を入れて運べるバックまで、そろえてあった。


「その、どれほどかかりましたか」

 父が恐縮して打診した。

「えぇよ。ね」

 伯母さんが伯父さんに目配せしている。


「おばあちゃんの懇意にしてた呉服屋さんだったから、かえって呉服屋さんも、「お孫さんに着てもらえるの、そりゃ、精がえぇ」って、感慨深げでねぇ。だいぶ、まけてくれたんよ。亜紀ちゃんの成人のお祝い。大学の入学の前祝いも兼ねたら、ね」

 伯母さんは呉服屋の請求書を、よほど握りつぶしたいとみえる。


「うん、そうだよ。女の子は亜紀ちゃんだけだから」

 伯父さんもうなずく。


「お義母かあさんの着物が生きて、うれしいことだから——」伯母さんが言い終わらない内に、母が口を開き、亜紀をせっついた。「ありがとうございます。ほら、亜紀、お礼。気がつかないんだから」


「あ、ありがとうございます」

 亜紀は、ぺこりと頭を下げた。

「本当にありがとうございます」重ねて、母がお礼を言った。「それじゃ、色留袖もいただけますか。亜紀、とっても気に入ったみたいで」


「えっ」

 亜紀は母を凝視した。



(ソンナコト、言ッテナイ。ワタシ)



 母は、あきらめていなかった。

「亜紀の卒業式の後に、保護者参加の懇親会があるんです」


「――紀子さんが着るのね。亜紀ちゃんの卒業式に」

 明らかに伯母さんの目に困惑の色が浮かんでいる。


「以前、見せてくださった中で、お義姉ねえさんがほめていた、あの着物をお願いします。あと、帯も」 

「……えぇと、あの三つ紋は卒業式には格上過ぎるかな。せめて一つ紋ね。紋なしか訪問着の方が卒業式には、いいかな」

 伯母さんが言いたいのは、お祝い事と言っても娘の卒業式に着るには着物の格が上だと不向きだということらしい。

「亜紀の学校、卒業式が早いんです」言い続ける母に、「オマエ」と、父が裏返った声で割り込んできた。母は意に反さない。

「成人式の写真の前撮りのときも着れたらと思うんです。ね、亜紀」


(ね、亜紀、て) 


 どうにかしても、母は色留袖を手に入れたいのだろう。その執着心が、たまらなくいやだった。


(もう取りつくろいたくない)


「お母さん」

 亜紀は、乾いた口を懸命に開いた。

「――卒業式は簡素化する方向だし、卒業式後の保護者を含めての懇親会こんしんかいイベントも、来年度も廃止かも」


 感染症大流行パンデミックが影を落としていた。


「え」

 紀子の顔色がくもった。


「今年がそうだから、来年もそうだと思う」

「来年、あるかもしれないじゃない?」

「あっても、私、懇親会こんしんかいに出ないと思う」

「なんで?」

 母が、いらっとしてきたのが声色でわかる。


(赤信号が点滅しまくっている)


 それでも、もう亜紀は引かなかった。

「来年の1月、私、受験突入してるよ。学校推薦組は合格が決まっての卒業式だけど、私は、たぶんそうじゃないから」

「えぇ、せっかくの懇親会こんしんかいよ?」


(だから廃止の方向だって)



「――お母さん。自分に空いた穴を埋めるのに、私を使わないで」



 亜紀は、ついに言葉にした。

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