49  わたしは、あなたのアクセサリーじゃない 1

 正月の松の内の間に亜紀は父母と、伯父の家に年賀の挨拶に来ていた。 

 高速道路は思いのほか空いていて、車は、すんなりと進んだ。

 

寒餅かんもち、食べてお行き」

 祖父が座敷から亜紀たちを手招きする。

 6人掛けの長方形のテーブルに正方形のテーブルをつなげた、田舎ならではの広いダイニングで、心尽くしの昼をご馳走になった後のことだ。

「父さん、もう、お腹いっぱいだよ」

 父は、そう言いながらも座敷に移動する。


 台所の側の座敷の縁側には手あぶり火鉢があって、炭火がおこしてあった。

 火鉢の中に五徳ごとくが置かれ、網が乗っている。その上にもちをのせて、祖父はせわしなく餅をひっくり返した。

「餅は爺さんに焼かせろと言ってな」

 たぶん、ちがう。


「お義父とうさん、少し、開けときますね」

 伯母さんが換気のために掃き出し窓を細く開けた。


 伯父さんの家では、ずっと祖母がもちを作っていたそうだ。

 その頃より量は減ったけど、伯母さんがもち作りを受け継いでいる。


 お餅の塊を、餅用のカンナ(元建具師の祖父の手になる)で薄く削って干した寒餅を、卓上コンロなんかで焼くわけだ。

 あぶって焼いて、お茶にひたして食べる。なかなかに非効率な贅沢な食べ物なのだ。

 亜紀もお腹いっぱいなのだが、この寒餅かんもちは別腹っぽい。


「亜紀ちゃんは、彼氏おるんか」

 祖父は関心事を、すとれーとに聞いてきた。

 老い先短いから、だそうだ。

「亜紀は、彼なんてできませんよ~」

 母が、うすら笑いで否定した。

紀子のりこさんには聞いとらん」

 老い先短い、すとれーとだ。


「ダメよ。おじいちゃん。女の子に、そんなこと聞いちゃ」

 台所から、伯母さんのイエローカードが出た。


「ヒロは、今、に行っとるよ。ヨシも、ってやつ、かの」

 祖父は、男の孫の話に切り替えた。

 ヒロもヨシも亜紀の年上の従兄弟だ。

「でーと」

 亜紀は、思わず鼻の穴が広がってしまった。


「っても、河原に石投げに行くか、ショッピングモールしか、デートコースないんだな。ここは。大体、誰が誰と付き合っとるか丸わかりよ」

 伯母さんは、息子たちの彼女について語る。


(こ、個人情報~~)


「せっかく亜紀ちゃんたちが来てくれたのに、バカ息子共、出かけちゃっててごめんなさいね~」

 伯母さんは台所仕事が終わったのだろう、エプロンをはずして、柱に打ちつけたペグにかけた。

 それから、亜紀たちが寒餅かんもちを堪能したタイミングで、仏間に誘った。


「振袖、いい感じに直って来たわ」

 畳に敷いた大きめの緑の毛氈もうせんの上に、新しいたとう紙に収められた着物、帯、付属品が並べてある。

「これ、そのまま、美容院に持って行けばいいようにしてあるからね」

 着物を入れて運べるバックまで、そろえてあった。


「その、どれほどかかりましたか」

 父が恐縮して、打診する。

「えぇよ。ね」

 伯母さんが伯父さんを振り向いた。


「おばあちゃんの懇意にしてた呉服屋さんだったから、かえって呉服屋さんも喜んでねぇ。亜紀ちゃんの成人のお祝い。大学の入学の前祝いも兼ねたら、ね」

 伯母さんは、呉服屋の請求書を、よほど握りつぶしたいとみえる。


「うん、そうだよ。女の子は亜紀ちゃんだけだから」

 伯父さんもうなずく。

 父は申し訳なさそうだ。


「お義母かあさんの着物が生きて、うれしいことだから。亜紀ちゃんが大事にしてくれたら――」

 伯母さんが言い終わらない内に、母が口を開き、亜紀をせっついた。

「ありがとうございます。ほら、亜紀、お礼。気がつかないんだから」


「あ、ありがとうございます」

 亜紀も、ぺこりとお辞儀した。

「本当にありがとうございます」

 重ねて、母がお礼を言った。

「それじゃ、色留袖もいただけますか。亜紀、とっても気に入ったみたいで」


「えっ」

 亜紀は母を凝視した。

(ソンナコト、言ッテナイ。ワタシ)




 母は、あきらめていなかったのだ。


「亜紀の卒業式の後に、保護者参加の懇親会があるんです」

「――紀子さんが着るのね。亜紀ちゃんの卒業式に」

 明らかに、伯母さんの目に困惑の色が浮かんでいる。


「以前、見せてくださった中で、お義姉さんがほめていた、あの着物をお願いします。あと、帯も」 

「えぇと、あの三つ紋は卒業式には格上過ぎるかな。せめて一つ紋ね。紋なしか訪問着の方が卒業式には、いいかな」

 伯母さんが言いたいのは、お祝い事と言っても卒業式に着るには着物の格が上だと不向きだということらしい。

「亜紀の学校、卒業式が早いんです」

「オマエ」

 父が、裏返った声で割り込んできた。母は意に反さない。

「成人式の写真の前撮りのときも着れたらと思うんです。ね、亜紀」


(ね、亜紀、て) 


「お母さん……」

 どうにかしても、母は色留袖を手に入れたいのだ。その執着心が、たまらなくいやだった。


(もう取りつくろいたくない)


 亜紀は、乾いた口を懸命に開いた。

「――卒業式は簡素化する方向だし、卒業式後の保護者を含めての懇親会こんしんかいイベントも、来年度も廃止かも」


「え」

 紀子の顔色がくもった。

「今年がそうだから、来年もそうだと思う」

「来年、あるかもしれないじゃない?」

「あっても、私、懇親会こんしんかいに出ないと思う」

「なんで?」

 母が、いらっとしてきたのが声色でわかる。


(赤信号が点滅しまくっている)


 それでも、もう亜紀は引かなかった。

「来年の1月、私、受験突入してるよ。学校推薦組は合格が決まっての卒業式だけど、私は、たぶんそうじゃないから」

「えぇ、せっかくの懇親会こんしんかいよ?」


(だから廃止の方向だって)



「――お母さん。自分に空いた穴を埋めるのに、私を使わないで」



 亜紀は、ついに言葉にした。






※地の文 寒餅→餅と訂正しました(2024/1/26)

 寒餅とは年があけ最も気温が低くなる寒(1月上旬より2月上旬)に入ってからつく餅のことでした

 この回は正月のため、本当の寒餅を食べていると みなさん 去年の餅を食べていることに?

 それで訂正しましたが おじいちゃんには そのまま「寒餅」と言わせております

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