45  迷路と星空 1

 研修旅行2日めは、『English Glamping英語しかしゃべってはいけない』だった。

 各々おのおのが選んだアクティビティで英語を使って過ごしてね、ということだ。

 いちばん難易度が高いアクティビティは、Aクラス向けの巨大迷路だ。中に入ると曲がり角ごとに先生がいて、英語の問題を解かなくては進めない。


「白井は何を選んだ?」青木が聞いてきた。

薪割まきわり」

「え、意外と体力使うやつ」

「小島君と約束したんだ」亜紀は目を輝かせた。

「小島と」

「薪割りする人って描いてみたかったんだー」

 亜紀は、この研修旅行はスケッチ三昧だと決めていて、クロッキーノートと鉛筆を持参していた。


 たしかに小島の薪割りは、うつくしかった。

 薪を置いて、ナタで割る。その一連の流れ。

 日々の薪割りで鍛えた二の腕のたくましさ。普段の小島からは想像がつかないものだった。

Oopsしまった!」

Greatやったぜ!」

 薪割り中の英語は、大体、これですむのもよかった。


「小島君が、すごくかっこよく見える」

 山崎由良やまさきゆらが頬を染めた。

 それは彼女だけじゃなかったから、小島は十分に非日常を味わうことになったのだ。めでたし、めでたし。




 亜紀と由良は、小島を働かせて得た薪(キャンプファイヤー用)を十分確保して、グループの女子と昼からは散策と洒落込しゃれんだ。安静女子も復活していた。

 迷路近くを通りかかったら、Aクラスの群れと出会った。


「Aクラスは問答無用に巨大迷路選択だって。〈特進〉の悲哀だね~」

 由良が教えてくれた。

 薪割りでゆるされるCクラスとはちがう。ノブリス・オブリージュ(身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある)ということか。


小日向こひなた君も迷路の中にいるのかな)

 この研修旅行中、まだ彼には遭遇していない。


「白井さん、小日向君は迷路の中かな」

 由良が、わざわざ亜紀の耳に近寄せて、ぼそっとつぶやいた。

「ひゃっ」

 亜紀は飛び上がった。


「わっかりやすっ」

 他の女子が笑い転げる。

「白井さんはCクラスの期待の星だかんねー。なにせ小日向氏にいちばん近い女子」

「いひひ、Aクラス女子の悔しがる顔、見たい」

「私情が入っとるよー」

 女子たちは、かしましい。


 そのまま迷路の脇を通り過ぎようとしたら、「白井さーん」と、古田智景ふるたちかげに呼び止められた。

 佐久間涼子さくまりょうこもいた。

「迷路にCクラス、来てないねー。白井さん、編入生でしょー。参加してよ」


「えっ」

 亜紀はびびった。編入生、関係ある?


「参加しようよー」

 古田が亜紀の背中へ回って、ぐいぐい迷路へ押しはじめた。

「え、英語、得意じゃないので、わたし」

 亜紀は逃げようとした。

「それをクリアするための、『English Glamping英語しかしゃべっちゃいけない』だよ~」

 古田、放さない。


「ちょっとぉ。勝手にうちのメンバー、連れてかないでよ」由良が立ちはだかると、佐久間がやってきた。

「じゃ、あなたも来れば。編入生だよね。Aクラスレベルの問題が出るから、解けるかわかんないけど」 


(え? では、わたしたちが解けないってわかってて連れて行こうとしてる?)

 亜紀は引きつった。


遠峯とおみねさーん」

 佐久間が、迷路に並んでいる群れをふり返る。

「3人一組の決まりだから、Cクラスさんと組んで補佐してあげてー」


「わたしですか」

 Aクラスの女子だろう。前髪を真ん中分けにして、そっけない黒ピンで留めた女子が、めんどうくさそうに出てきた。どこかで見た顔だ。


「これを機に、亜紀さんと友だちになれば。『知らないけど』って言われないように」

 佐久間の言葉に、亜紀は思い出した。

「小日向くんと付き合ってるんですか」って、詰め寄られたときの。あのとき、佐久間と古田といた女子だ。


「Cクラスさんが参加したいそーでーす。優先してあげてー」

 古田が大きな声で呼ばわった。

 逃げ道をふさがれた。


「なんか、悪意、感じるんだけど?」

 由良のこめかみが、ぴくぴくしてる。

 亜紀は腹をくくった。

「行こう。今日中に出てこられるか、わかんないけど」

 迷路の要所に難問持って、先生が待ち構えていると聞いた。

 どうにかならなくても、何とかなるだろ。

 その亜紀の肩に由良が抱きついた。

「ひとりじゃないからね」


 亜紀は今日ほど、友を愛しく思ったことはない。




 ぶっ、ぶ~。

 そして、不正解のブザーが鳴る。


 迷路、曲がり角に出没する難問コーナー。


「ライフ、けずられる……」

 由良は消耗した。亜紀もだ。

 補佐役と思っていたAクラス女子は黙り込んでいる。助けてくれない。


「おー、Cクラスが来たか」

 先生が、びっくりした顔をしている。

 先生もCクラスは全員、薪割り選択すると思ってたね。

「ちょっと、ヒントやろうか」


 それを制止したのは、亜紀だ。

「の、No! Try not. Do. Or do not. There is no try.」

(ちがう!やるか、やらぬかだ。ためしなどいらん)

 亜紀が父と何べんも見た映画のフレーズだ。この場所に合っているのかはわからないが。

 父と同世代の先生が、にかっと笑った。

「 May the Force be with you.」

(フォースと共にあらんことを) 


「そこは、もらっとこうよ! ヒント!」

 由良が叫んだ。

「Dear. Master!  Let me answer with 3 choices!」

(親愛なるご主人さま! 三択で答えさせて!)

 懺悔ざんげポーズに、先生が吹いた。

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