26  小日向家の正月

 小日向こひなた家の大晦日おおみそかは、地元ホテル泊だ。


 親族忘年会からの親族新年会。

 父の父(会長)を喜ばすために親族が集まるから、本当に歓迎看板に偽りなく〈小日向家御一行様〉なのだ。


 今しも中華の円卓をいくつか囲んで、大食事会がくり広げられている。

 宴は中盤で、小日向の父と継母のさやかさんは別のテーブルに移った。さやかさんが抱いている、オトウトがむずかっている。


 双子の兄2人にはさまれて、小日向は円卓に座っていた。

「赤んぼ、大きくなってんな」

 兄2号の言い方は、相変わらずトゲがある。


オトウト、だよ。君の」

 兄1号がたしなめる。


「てことは、兄さんのオトウト、だよな」

 言い返す兄2号に、兄1号は言った。

「え? ぼくの弟は理央りおだけだよ。あ、おまえも一応、弟だった」


「兄さんたち、声でかい」

 小日向は、『久しぶりに帰省してきた兄2人と談笑してまーす』というスタイルを貫いていた。


 思い返せば、父が、さやかさんと再婚した年の大晦日おおみそかからの元旦は最悪だった。

 子ども扱いされた小日向は、父とさやかさんと同室だった。

 兄2人は、もっともらしい理由をつけて帰省しなかったのだ。


「あのときは悪かったよ、理央りお

「オレたちの方が子供だったな」


 それから、小日向は父と、まわりが望むであろう小日向理央こひなたりおでいるようになったのかもしれない。


 父と兄に対して勝手に負い目を持っていた。

 自分が母の命をちぢめたと思った。

 兄たちから母親を奪ったのだと、責任を感じた。



「あのさ、伯父さんの家の母さんの絵や本なんだけど」

 小日向は切り出した。

「そろそろ整理しようかなって。下宿させてもらっているのも心苦しいのに、遺品で一部屋埋まってるのもどうかって。言ってなかったけど、伯父さんと伯母さん、アトリエのことで時々言い合いになってて。いや、もちろん、ぼくは気がついていないんだけど」

 兄1号と兄2号は、黙って小日向を見ていた。


「あ~、おまえはっ、もうっ」

 兄2号が、いきなり小日向の頭をわしゃわしゃし、兄1号にいたっては小日向を、ひしと抱きしめた。

「父さんの再婚が決まったとき、母さんの遺品が処分されないように先手を打ったの、伯父さんだから」

「忘れていい情報だけど、伯父さん、シスコンだからな」


理央りおく~ん、おにいさ~ん、写真撮りましょ~」

 父の弟の奥さん(叔母)が、こちらに向かって、おいでおいでをしている。


 向こうでは祖父を真ん中に、父とさやかさんが座っていた。おとうとは、さやかさんの足元で絨毯の模様をぐるぐるなぞっている。

 三兄弟の立ち位置はその後ろだ。


「家族(ごっこ)写真」

 兄1号が、( )内を声を出さずにつぶやいた。


「行こうか」

 小日向は兄たちを促す。


「あんまりいいコになるな、理央りお

 兄2号は弟の目を見てくる。こっちの兄の方が、からんでくるたちだ。


「大丈夫だよ。ぼくには、〈お守り〉があるから」

 かるく、ほほえんで小日向は先に行った。


「あ~、母さんに似てたな。今の笑い方」

 兄1号は、うるうるしている。


「理央が妹だったら、おまえも、まちがいなくシスコンまっしぐらだ」

 兄2号は断言した。

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