19  暁の星祭 〈小日向の内心〉

あかつき星祭ほしさいは、当初は慈善事業のためのものだったの」

 オーロラ寮の夕食時、久々、亜紀の隣の席はアグネス先生が着席した。

「シスター・マリア・エフゲニーヴナ・ヴォロノワ直伝のクッキーと、お点前の売り上げを孤児院に寄付していたの」

 相変わらずあかつきほし学院創設者の名を、よどみなく言い切った。 


 共学になって暁の星祭は、ずいぶん変わったそうだ。

 だが、茶道部のお点前のように、昔からの伝統も残っている。地域の人は、このお点前目当てに訪れる人も多いとか。

 

 この行事の来場は生徒の家族が優先で、招待状が必要だ。

 学校側は来場者人数を把握する。警備と安心、フードロスを出さない方針である。

 それでいて、学校案内を請求した小学6年生の各家庭には、暁の星祭への招待状を抜け目なく送付している。

 まったく、とっかかりのない者は敷地に入ることすらできない。

 暁の星学院は、今でもベールの向こうのお姫さまだ。





 でも、このベールに包まれた仕組みは、お姫さまの実態を隠すためもあったのだろう、と小日向こひなたは推察している。


 小日向の母も暁の星の出身だった。

 小日向の継母も暁の星の出身だ。

 単なる父の性癖だろうが、同じ学閥内ところでそういうはやめてほしかった。


「出会った人としか恋はできないだろう?」

 兄1号は、そう言ったが。


 このあかつきほし祭は小日向にとって、もっとも頭が痛い行事だった。

 父親がやってくる。

 普段の参観日の面談等は、子育ての終わった伯父夫婦が親代わりを申し出てくれており、気楽だった。


(さやかさんは、来ない、よね)

 腹ちがいの弟は、だいぶ成長した。

 継母さやかさんは、一時期、産後鬱さんごうつになったこともあり、小日向の学校行事はパスしている。

 しかし、いつか母親としてやってくるのではと、小日向は戦々恐々としていたのだった。


 全学院関係者の前でをしなければならないのは絶対に、いやだった。

 と言いながら、その場になれば自分は、その役割を果たしてしまうだろう。

 皆が、それを望むのだから。


 そんなことを考えながら、グラウンドを見下ろすことができる教室のベランダにいて、見覚えのある父の国産上級車が臨時駐車場になったグラウンドに、ゆっくりとして来たのを見た瞬間、小日向は逃げ出していた。


 そして、空いていた視聴覚教室に駆け込んでしまった。

 そうして、息をひそめていたら。

小日向こひなた君、休憩ですか」

 聞いたことのある声がした。

 うずくまっていた小日向が顔を上げたら、白井亜紀しらいあきがいた。


 美術部の展示教室に日光が入り過ぎて、暗幕カーテンをかけようということになったのだ。

「誰かー、視聴覚教室の暗幕カーテン、拝借してきてください」

 顧問の入江先生の指示に、手の空いていた亜紀が手を挙げた。

 そして、視聴覚教室に来たら、小日向が机の陰に体育座りしていたわけだ。


「今の時間は部長が仕切っているから。ぼくは休憩」

 不自然ながら、小日向は言い張った。


「そうなんだ」

 深くも追及せず、亜紀は上履きを脱いで椅子から窓際の机に足をのせると、高い位置にあるカーテンレールから暗幕カーテンをはずそうとしていた。


「あぶないって」

 小日向は止めた。

「靴下だと、すべる」

 手を自分の肩について降りろと、小日向は言う。

「そ、そうかな」

 亜紀は、言うことを聞くことにした。

 肩を借りて机から降りると、小日向は上履きのまま机に軽々上がって、さっと窓半分のカーテンをはずしてくれた。

「机は、あとでふいときゃいいよ」


「ありがとう」

 亜紀は、きらきらした瞳で小日向を見上げてきた。


(この目だよ)

 青木が惚れられたと勘違いした熱視線。小日向は、ちょっとライフを回復した。


「あ」

 亜紀は思い出したように、ブレザーの上に着たカーディガンのポケットに手を突っ込むと、つぶれかけた包みを出した。

「お礼にチュロスをどうぞ。さっき、青木君からもらいました」

「チュロスは剣道部の企画だったね」

 剣道部は毎年、チュロスの模擬店を開いている。教室と廊下の間の窓を店の出窓に仕立て、壁には竹刀に見立てた色とりどりのバルーンアートを飾っていた。


「青木君が小日向こひなたがいないって言ってました」

 亜紀は、気がつかない内に小日向を呼び捨てにしていた。

 正確には、小日向見なかった? 昼、いっしょに食べようと言ってたのに、こねぇよ、だ。

「助かる」

 小日向は包みを受け取った。包みには短めのチュロスが入っていた。


隠遁いんとんするのに必要な物ってあります?」

「んん」

 チュロスをほうばりながら、小日向は亜紀を見た。


(ぼくは何も言っていないはずだ)

白亜紀はくあきって、見えてる?」

「チュロスを食べてる小日向くんが」


(まんまだよ) 


「青木君に、小日向君は視聴覚教室にいますって伝えますか」

「うん、できたらお茶欲しい」

「らじゃー」


 暗幕カーテンを手に入れて、亜紀は視聴覚教室から出て行った。

 チュロスに満足した小日向は、また静かに息をひそめた。

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