第4話 悪魔と竜と人間と
二人で協力し合うことになった後、試験会場になっている正門前広場へと向かった。
「もう結構いるわね…」
彼女の言う通り、既に大半の生徒が集まっているようだった。前方に人だかりが出来ている。何かあるのだろうか。
試験要項を確認していると鈍い鐘の音が響き、生徒たちの視線が前方に集中する。
「皆の者、こんばんわ。本日の試験内容は把握しておるな?」
ローブに白い髭のいかにも老魔法使いといった風貌の老人が声を上げる。
「長ったらしい説明は嫌いじゃからのう、説明は端折らせてもらうぞい。では校長の名において、試験の開始を宣言する!! ホイッ!」
奇妙な掛け声とともに校長がパチンと手を叩く。すると視界が真っ白に染まった。
「何よこれ!? 前が見えない…」
――数秒経ち、視界が開けてくるとうっそうと生い茂る木々と、立ち込める薄い霧が目に入る。
「あの校長に森の中に飛ばされたみたいだ。」
おそらく転移魔法の類いを使ったのだろう。
「そうみたいね。周りに他の生徒はいないからバラバラに出たのかもしれないわ。」
周りに人の気配は感じられない。少なくともすぐ近くにはいないだろう。だが─
「魔物の気配だ……」
剣を鞘から抜き放ち、意識を周囲に向け、警戒態勢に入る。
「あら、その必要はないわよ。」
すると、どこからともなく現れた蒼い炎によって魔物が焼き払われた。
それは子竜──リュカだった。あたりを飛び回り、魔物を見つけたそばから火炙りにしていく。
「……凄い…優秀だね……」
リュカはクルルゥと鳴きながら彼女の手の甲へ降り立った。
「当然でしょ?私の家族なんだから。」
彼女は出会って初めて顔を綻ばせ、リュカの頭を撫でたと思えば、すぐに表情を引き締めた。
「さ、進むわよ。」
リュカのお陰で信じられないほど順調に進んでいった。道中に出会った魔物は全てリュカが燃やすか、たまに俺が切って倒していっているが、ここまで順調だとかえって恐ろしいというものだ。
「あれ、もしかして神殿じゃないか?」
神々しいオーラを放つ建造物がひっそりと佇んでいた。構造や場所から察するに間違いないだろう。
「そうね、案外サクッと…… ん?」
彼女は何かの気配を感じたかのように回りを警戒する。
「どうし――」
「下がって!!!」
ドゴオオオオォォォン!!!
凄まじい衝撃音と共に土埃が舞い、地面に大穴が開く。
「なんでこんなやつが居んのよ……!」
木々は薙ぎ倒され、神殿への道は塞がれた。魔力による探知を掻い潜り、頭上から出現したそいつは、今までの魔物とは一線を画す存在だった。
木すら覆い隠すほどの体躯、鋭い爪、捻じれた角、どの特徴もこの世のものとは思えない。例えるとするなら──
「まるで”悪魔”ね……」
必死に視線を巡らせ、ロアンを探すも見当たらない。
「あの変人…!」
先の衝撃で吹き飛ばされたか、もしくは――
「ゴアアアアッ!!!」
丸太程の腕が振り下ろされ、咄嗟のところで回避する。当たれば即死だということは本能的に理解した。
「当たらなければいいだけでしょ…!《
彼女の魔力が解き放たれ雷光のような輝きを放つ。並みの魔物なら既に消滅していてもおかしくはないが、その様子はない。
「……やるしかない、か。」
覚悟を決め、大杖を構える。
「行くわよ、リュカッ!!」
「クルルゥ!!!」
瞬間、リュカが飛び上がり、放った炎の息吹で悪魔の目を焼き、視力を奪う。
「ガアアアアッ!!」
悪魔が両目を手で塞ぎ、炎から身を守ろうとする。
「もう遅いわっ!!《
彼女の体から溢れ出た魔力が一点に凝縮され巨大な鋭い槍となり、唸り声をあげながら、ノーガードになっていた肩を貫通する。
「グアアアアッ!!!」
丸太のような大きな右腕が弾け飛び、悪魔の体も、勢いのまま背後に吹き飛ぶ。
「はあ……はあ……」
派手に魔力を消費しすぎた。その上彼女の雷紋の特性上、木々は燃えてしまい、自らの体すら蝕んでしまう。
早くあの変人を見つけてここを出ないと──
「ク……ルルゥ……!」
リュカが苦しげな声を発する。
「いつの間に!? リュカ……!!!」
音もなく起き上がっていた悪魔の左腕にはリュカが握られていた。
「離せっ!!!!」
魔法の準備をしている間にもリュカは更に強く握りつぶされていく。
「ク…ル……」
「だめ!!!…《
全力で魔法を放ち続け、数多の傷を負わせるが、リュカを離させるには至らない。必死で魔力を掻き集めても、高位の魔法を発動させるには時間が足りない。
自分だけ生きていたって、リュカが居てくれなかったら……必死に手を伸ばし、掴もうとするが届かない。
「グルアアアアッッ!!!」
悪魔が咆哮を上げ、リュカにとどめを差そうとする。
「いや……誰か……助けて……!」
神に祈っても助けてはくれない。でも、どうか、誰か―――
「
視界を横切ったのは月明かりに照らされた闇より
「───《
突如現れた魔剣が悪魔の左腕を地面に叩き落とし、リュカを救いだした。
「ロアン!!!」
悪魔の背後から現れたのはロアンだった。
「ごめん、遅くなった。」
「血だらけじゃない!!」
先ほどの倒木に巻き込まれたのか、頭から出血している。
「大丈夫。それにあいつはまだ死んでない。俺が仕留めるから、下がってて。」
「待って、私にもやらせて。あいつにはリュカを傷つけられた借りがあるから。」
落ち着いて話してはいるが、その瞳には煮えたぎるような怒りがちらついていた。
「私が今から魔法の詠唱をするから、貴方は少し時間を稼いで!」
「了解!!」
そう言うや否や駆け出していた。両腕を失って尚、動き続ける悪魔が噛みつこうと牙を向けてくるが、
「ゴアアアァァァ!!!」
振り上げられた脚が頭上に迫るが、全身の魔力を総動員し辛うじて受け止める。
「ぐっ……今だ!!!!」
ロアンは私を信用して命を預けてくれている。なら、その信用に全身全霊で答える。
「――我が
「リュカ、私に力を貸して!!」
「クルルゥ!」
「「―――《
リュカの体が、魂が、彼女の体に溶け込んでいき、完全に一体化した。
「リュカを傷つけてくれたお礼よ!地獄を見せてあげるわっ!!!」
彼女の背からは竜を彷彿とさせる大翼が広がり、双眸は煌々と輝く真紅に染まる。
「ロアン!貴方の"風"を貸して!!」
彼女がこちらに向かって手を伸ばす。悪魔の脚を弾き、姿勢を崩させて応答する。
「もちろんだ! ――《
巻き起こった風は真っ直ぐに彼女の元へと流れていく。
「貴方には最大の苦痛をくれてやるわ…」
杖を投げ捨て、手を天へと掲げるとみるみる内に空が暗雲に覆い隠される。
「
暴れ狂う紫電と暴風が凝縮されてさらに勢いを増していく。
「――――
解き放たれたそれは先ほどまでの技とは一変し、一瞬で消し飛ばすことはなく、皮膚から肉、そして骨へと蝕むように何度も、何度も引き裂いていった。
「ゴアアアアァァァァァッッ!!!!」
敵ながら同情してしまうほどの悲痛な断末魔の叫びが上がる。
しかし、それに構わず紫電と暴風は悪魔の存在など許さぬとばかりに刻んでいく。まるで今まで悪魔に食われた人間たちの怨念を具現化したかのように。
「ガ……ァ……」
悪魔が糸が切れた人形のように、前のめりに倒れこむ。ようやく絶命したようだ。
「悪魔には地獄がお似合いよ。」
そう悪魔の死体に吐き捨て、顔を上げる。
「……その、さっきはありがとう……」
「どういたしまして。」
試験前と同じように、右手を差し出す。しかし今度は弾かれることなく、手を握る。
「私の名前はルミネ=エファイトス。ルミネでいいわよ。」
「よろしく、ルミネ。ところで―――」
「わかってるわよ、貴方には命を救われたものね。魔法の一つや二つ、教えてあげるわよ。」
見透かしたように笑う。
「本当に!?ありがとう!」
「ええ、ところで、あれが神殿で合ってるのよね?」
ルミネが指を指した方向には、最初と同じ傷一つない神殿がたっていた。近づいてみると、意外にも小さく、中心には本が置かれている。
「これ魔法書かしら?」
パラパラとページをめくっていくと、本が強烈な白い光を放ち始めた。
「これ、さっきの……!」
一瞬、何も見えなくなったが、すぐに視力が回復していく。そこは学園の正門前広場だった。
「帰ってきた……?」
「そうみたいね。」
ふと前を向くとあの校長が立っていた。
「おやおや、君たちが一番乗りかい。おめでとう、竜使いの少女、魔剣使いの少年よ。」
「「ありがとうございます。」」
唐突に祝福され戸惑うも、落ち着いて感謝を伝える。
「では、次も頑張るのじゃぞ。」
「はあ……疲れたね。」
「そうね、でもこれで試験は……あれ?」
急にルミネが真顔になる。
「どうしたの?……まさか……」
「「試験個人戦もあるじゃん!!!」」
風紋のアーツ ~魔剣の頂を求めて だるは @daruha_0202
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