第3話 風紋雷紋

 師匠のイヤシイタケのお陰で傷も癒え、街にたどり着いた。 

 「これが街か…相変わらず大きいな…」


この街〖ローメラン〗は大陸最大の都市で大戦後にもかかわらずとても賑わっている。おそらくはその防衛力の高さゆえのことだろう。堅牢な外壁と優秀な騎士団は防衛力の象徴だ。

 

 「よお!少年、ちょっと良いか?」

この城壁を守護する門番だろうが、役職に不釣り合いな程の体躯と大剣に思わず身構えてしまう。


 「はい、もちろんです。どうしました?」

 「ここ最近何かと物騒だろ?小さな争いも起こってるしな。一応身分の確認だけさせてもらってんだ。」


大戦後の世界的に不安定な時代だ、敵軍や魔族の残党も現れるのだろう。師匠に渡されていた学園入学時の身分証明カードを差し出した。


 「お!これは…」

カードをひっくり返し眺めながら感心したように頷いた。

 「ローメラン学園の入学生だったか!名門じゃねえか!やるな少年!」

いざ言われてみると少し照れ臭い。


 「はい、師匠のお陰です。」

彼はガハハハと豪胆に笑い、ロアンの背を叩いた。

 「そうか、そりゃ良い師匠を持ったもんだな!よし、行って良いぞ少年!」

 「ありがとうございます、その…」

 「ん?ああ、俺はガイアってんだ!よろしく頼む!」

差し出された右手からカードを受け取り軽く頭を下げる。

 「感謝されるようなことじゃねえ。少年こそ頑張れよ!」


 

 壁の中に入ると外の殺伐とした景色とは打って変わってとても賑わっていた。

 これは商業区だろうか。大通りの両側に所狭しと並んだ店から美味しそうな匂いが漂ってくる。

 「流石に大都市だな…」


 他の小さな街に食料買い出しに行ったことは何度かあったが、ここまで大きい街は初めてだった。見たところ、今まで見てきたどの街よりも質の高い食料や怪しげな薬草が売られている。

 師匠の教訓「薬草は買えるときに買え」を守りたいところだが、如何せんお金が足りない。初日から一文無しは御免だ。


 購買意欲に蓋をしながら商業区を抜けると街の中心にある学園が見えてきた。


 「あれがローメラン魔術学園か…」

ローメランのシンボルにもなっているこの壮麗な建造物がこれから生活する学び舎になるのか、と妙な感慨にふけりながら宿屋に向かう。あくまで入学は明日なのだ。


 たしか師匠が街一番の宿屋に予約をいれておいたと行っていたことを思い出し、そばにあった高級そうな宿屋に入る。


 「こんばんは。ご予約のお客様でございますか?お名前をどうぞ。」

 「はい、アリアという名前で予約してあると思います。」

 「アリア=ルムクス様ですね。あなたはお弟子さんのロアン様でよろしいですか?」

師匠がわざわざ俺の名前を伝えておいてくれていたのか。やはり頭が上がらない。

 「かしこまりました。ではこちら203号室の解錠術式になります。」


やはり都市はすごいなと実感する。森では普通に鍵を使っていて、失くしたときかなり焦るのでこれはとてもいい。

 

 部屋の前で扉に右手をかざす。

 「…こうか?」

解錠術式に魔力を込めるとカチャッと扉のロックが外れた音がする。どうやら物体操作系統の魔法の応用のようだ。


 中は高級宿なだけあってとても快適そうだ。明日は朝早くから入学式が行われるようなので早く眠ることにしよう。



――翌朝

 学園に到着し、まだ見ぬ出会いに胸を躍らせながら門をくぐる。もう既に大半の生徒は集まっているようだ。

 ふと手に何かを感じ、見るといつの間にか紙が握られていた。

 「Cクラスか。」

どうやら入学式の前に検査が行われるようだ。Cクラスは一時的な試験会場の一つらしい。


 教室の中には入ると既に幾つかのグループが形成されていた。少し来るのが遅かったようで戸惑っていると


 ――ふと、ある少女が目に止まった。竜胆色をした髪、菫のような透き通った双眸に視線が吸い込まれる。

そのとき、周りにできたグループは独りで佇む彼女の方を見て話していることに気がついた。


 「ねえ、あの子どっかで見たことない?」

 「あれ確か"魔法の申し子"とか呼ばれてた奴じゃない?」

 「うわ、本当だ、天才少女様じゃん」

こそこそと話をするものの多くは、彼女に対して良いイメージは無いようだ。

 「あの透かした感じがムカつくんだよね」

中には明確な敵意のようなものを持つものもいる。しかしそんなことはどうでもいい。


 彼女に向かって歩を進めていく。

 「君!魔法が得意って聞いたんだけど本当?」

 「ええ…まあそれなりには出来るわ。少なくとも、貴方よりはね。」

 後になって思えば俺を遠ざけようとしての発言だったのだろう。だが――


 「実は俺、魔法が苦手でさ。もしよかったら少し教えてもらいたいと思って!」

 師匠には様々な剣技を叩き込んでもらったが、魔法はあくまで平均レベルにとどまっていた。

 「嫌よ、初対面の人に教える義理なんてないわ。」

 たしかにその通りだ。どうお願いしようかと頭を捻っていると、彼女のポケットについていた小物入れが揺れた。


 「あ!こら出てきちゃダメでしょ!」

蓋が開き中からなにかが飛び出してくる。

 「クルルゥ!」

小さな青いトカゲに羽が生えたような姿、おそらくこれは――


 「竜の子ども?」

 「…コホン、ええそうよ、この子はリュカ。」

大戦で兵器や乗り物として用いられた竜はほぼ絶滅といっていいほど数が減少した数少ない稀少種だ。

 「リュカ、いい名前だね。そういえば君は――」

 「もういいかしら?とにかく魔法の指導なんてやらないから。さようなら。」 

 彼女は少し語気を強めて言った。

 

 「はーい皆さん、これから検査を行いますよ!」

 丁度いいタイミングで検査が始まった。まばらになっていた人間たちが教室の前方に集まってくる。


 「では、まず魔法系統樹の適正を調べます。順番にこの羊皮紙に手をかざし、魔力を解放してください。」

 魔力というものは、元来魔族と呼ばれるものたちに宿る力、つまりその本質はあらゆるものに牙を剥く災害そのものだ。


 魔法士と呼ばれるものたちは体内に魔力を閉じ込めることでそれを防いでいる。おそらくあの紙は解放された力を集中させ、魔力の傾向、いわば『紋』を明らかにするといった魔法術式が刻まれているのだろう。

 

 「ノイア=ルセント!」

名前を呼ばれた生徒が緊張で震える右手をかざす。

 「まっ《魔力解放》っ!!」

羊皮紙に集った水色の粒子が紙を湿らせる。

 「貴方は基本系統樹の水紋すいもんのようね。水に干渉する魔法が得意な傾向にあるわ。」

眼鏡をかけた教師が告げる。その後も多くの生徒が紙を燃やしたり、揺らしたりしていった。


 そして、ついに彼女の番だ。竜胆の髪を揺らしながら少女は静かに手をかざした。


 凄まじい勢いで立ち上った粒子は耳をつんざく轟音と共に紫電となり羊皮紙を焼き焦がし引き裂いた。


 「これは…!特殊系統樹の"雷紋らいもん"…羊皮紙が破れるなんて…」

 あの羊皮紙はただの紙ではなく、強靭の魔法術式が刻まれた強化紙だ。

 周囲からざわめきが巻き起こるが、彼女は至って冷静にその場を離れた。

 

 「さすが、ローメラン生ね!もしかしたらと思って予備の羊皮紙を持ってきておいて良かったわ。さあ、次は…ロアン=ルムクス!」

 

 「よし…」

右手を伸ばし魔力を解放していくと、羊皮紙が揺れた。

 「うん、あなたは基本の風紋ふうもん…え?」

 羊皮紙を揺らしたそよ風はさらに出力を増していき教室の天井に届くほどの暴風と化した。周りで見ていた生徒たちも驚きを隠せないでいた。


 少し経つと風は収まり、羊皮紙は散り散りになってばらまかれていた。

 「凄いわね…たしかに"風紋"ではあるけど、出力は特殊系統並みね。貴方といい、さっきの雷の子といい、この学年は…これはこの後の実技試験も楽しみだわ。」

 「実技試験?」

実技試験というものがあるというのは初耳だ。


 「伝達ミスかしら?検査が終わったら2つの実技試験があるのよ。」

 「そうなんですか。ありがとうございます。」どうやら協力型試験と個人戦の試験があるらしい。


 検査が終了し鐘の音が鳴り響く。ふと手を見るとまた紙が握られていた。

 まずは協力型試験からか。だがもう日が暮れている、恐らくは試験は明日に―

 「今日?」

そこには確かに今日の日付が記されていた。

夜の森の中での四人のグループ試験か。さすがに名門ともなると、試験での人死にも有り得るということか?

 「さてメンバーは…」

 

 「こんばんわ、まさか貴方みたいな変人が同じグループなんて、ひどい偶然ね。」

コツコツと靴を鳴らし、現れたのは竜胆色の髪をした少女だった。

 「おお、凄い偶然だ。」

 「まあ一応試験だから、協力はするわ。でも私の足手まといにだけはならないでよね。」

心底嫌そうな顔をしながら言った。


 「それで、他のメンバーは?」

紙を隅から隅まで確認し、ひっくり返して裏まで見た。しかし――


 「はあ!?私たちのグループは二人だけ!?」

 「公平性のために人数が調整されることがあります。って書いてあるね。」

 「冗談じゃないわ!試験は森の中心の神殿にいち早く辿り着いて書物を回収する形式でしょ!?余りにも不利すぎる…」

恐らくは魔力の系統が特殊だったことと出力の大きさで判別されてしまったのだろう。

 

 「まあ、きっと大丈夫だよ。よろしく!」

片手を差し出し、握手を求める。だが彼女はその手を弾いた。


 「もう逆に燃えてきたわ。やってやろうじゃないの!!」

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