第2話 師匠と弟子

―入学前日

 いつもと変わらない朝の日差しに思わずまぶたを閉じる。今日は僕が森を出て学園のある街に移る日だ。


 「おはようございます、師匠。」

自分より遥かに眠そうに欠伸をする師匠を見ると自然と笑顔になってしまう。

 「…ああ、おはようロアン。良く眠れた?」

 「はい。というか目のくまが凄いですよ、どうしました?」

 「…何でもないよ。」

そそくさと部屋に戻っていってしまった。こういうときは何かを隠しているときだ。


 少し後ろをついていき、部屋の扉を軽く叩き、「師匠!と言いかけると、

 「じゃあ修行場に行こうか。」

 「…分かりました。」

今日でこの森を出るのに…。そんな子供じみた考えを頭の外に追いやりながら答えた。



 前を歩く師匠を追いかける。毎日見ていた背中を見て、これが最後というわけでもないのに少し寂しくなってしまった。

 「さあ、どうぞ。」

わざとらしく手を引かれ、現れたものに目を奪われた。


 木製の温かみのあるテーブルの上に並べられた豪勢な食事、向かい合わせに置かれた椅子、真ん中に立てられた大きなパラソル。

 「これは…」

 「じゃじゃーん!どう?驚いたでしょ?」

思わず目頭が熱くなる。

 「ロアンの大切な日だからね。頑張って作ったんだよ。」

並べられた物は全て僕の好物ばかりだった。


 「っ…!嬉しいです…本当にありがとうございます…」

涙がとめどなく溢れてくる。

 「ほら、座って。一緒に食べよ?」

師匠が涙を拭いながら言った。椅子に腰を下ろし、師匠の方を向き直る。

 「師匠のおかげで僕は命を救われて、生きるための術まで手に入れることができました。心から感謝しています。どうかお礼をさせてください。」


 目を閉じると師匠との思い出がまぶたの裏に蘇る。感謝の想いを込めてそれを唱える。

 「――《生命強化ライファー・ソイル》」

純白の魔力の粒子が立ち上ぼり、師匠の胸に吸い込まれて消えていく。


 「これは…?」

師匠が胸に手を当てて首をかしげる。

 「師匠が昔より力が衰えているのを気にしてること、知ってたんです。それが僕を守るためだっていうことも。だからこれが僕にできる恩返しなんです。」

生物の根幹となる生命力が回復すれば自ずと魔力など他の力も再生される。それはファネウスも例外ではない。

 「私のためにこんな魔法を…」

 「とても高度な魔法だったので森の中でしか使えなくなってしまいましたが…すみません…」

人類の魔法時代数万年の歴史の中で生命力を回復させる魔法を作ろうと挑み、失敗した者たちを何度も見てきた彼女だからこそ、その価値が分かった。

 「いや、やっぱりロアンは私の大切な弟子だよ…本当にありがとう…。」

声を震わせながら頭を撫でてくれた。少し照れくさく幸せな時間だった。


 「さあ座って、温かい内にさ。」

立ち上る湯気に乗って漂ってくる匂いが、ととも心地よい。

 「はい。」

いつもの食事と同じようで違う時間に想いを馳せながら手を合わせる。

 「森の恵みに感謝して」

 「「いただきます!」」

しばらく、思い出話や他愛もない話をして盛り上がった。


 「そろそろ行く時間だね、ロアン。」

 「…はい。」

 「私がこの森から出られないのも知っているよね?」

森の管理者ファネウスである彼女は、森と共に生まれ、森と共に生きることが宿命付けられている。

 「分かっています…」

 「私はあまりいい師匠ではなかったかもしれないけれど、ロアンは最高の弟子だよ。」学園に行けば師匠にまた教わることは難しくなるだろう。それは僕も良く分かっていた。


 「ロアンなら大丈夫、だって私の弟子だもん。目標の魔剣士にだって絶対なれるよ。」

 「貴方は最高の師匠です。きっと僕の名前がこの森にも轟くくらい強い魔剣士になってみせます!」

アリアは少し驚いたような顔をしてから笑顔で言った。

 「楽しみにしているよ。さあ、いってらっしゃい!」

手を大きく振り上げながら、師匠を心配させないよう言葉を選ぶ。

 「いってきます!!」

森の動物達や木々、風までもが祝福してくれているようだった。



――森を出て1時間程した頃

 遠くの方に街が見え始めてきた。後半刻ほどで到着するだろう。人が集まる街の付近には魔物も集まる、今までは《加速アクセラ》も使い進んできたが、念のために魔力を温存しつつ進もう。

 「…ん?」


 何かの気配を感じた。すかさず耳に魔力を込め神経を研ぎ澄ます。これは恐らく魔物、意図的に姿を隠しているのなら知能も高く厄介だ。

 「ちょうど良い…入学前の腕ならしだ…《反射強化リフライト》」

極限まで神経を研ぎ澄まし後の先を狙う。

 「ここだ…!!!」

魔物の牙が背に届く数瞬前、刃がその獰猛な顎を受け止めた。

 「グガァァァッ!!」

狼型の魔物。このタイプの魔物は総じて知能は低いがこいつは例外だ。こいつは漆黒のたてがみと大きな体をもつ"ブランウルフ"だろう。師匠の本で何度も見せてもらったことがある。だが―


 「こいつはだったはず…」

ブランウルフの異名は『黒き夜狼』、暗闇に閉ざされた夜に背後から現れた人間を補食する生態がある特殊な魔物。昼間は森の中で大人しくしているはずだ。


 「考えても仕方がないな…!」

剣に魔力を込め魔剣と化す。

 「ふっ!!!」

ウルフの巨体を弾き飛ばし再度剣を振り上げ一直線に突進する。

 「ふっ!!!」

スピードの乗った剣によって腕を切り落とし、首を一直線に薙いだ。しかし――

 「硬い…!!」

首元に刃が食い込んではいるが骨まで届かない。魔物の頑強さでは絶命まで至らないだろう。

 「グルァァァッ!ガァァッ!!」

ウルフの抵抗を必死に押さえつけるがいつまでも膠着状態は続かないだろう。

ならば―――

  

両腕を介し魔力を剣へと流し込む。すると魔剣はより一層光を増し闇色に輝いた。

 「魔技アーツ魔断一刀まだんいっとう―」


膂力りょりょくと魔力で無理矢理に押し込んだ剣はウルフの首を撥ね飛ばした。

 「はぁ…はぁ…」

思った以上に消耗してしまった。街までは完全に魔法なしで行くしかないか。

 「痛…!」

痛みを覚え、腕を見てみるとかなり出血していた。


 「腕をやられたか…」

傷口を押さえると手に血が滲む。ふと出発のとき師匠に渡されていた小袋を思い出し取り出す。

 「これは…」

懐かしいキノコが五本、入れられていた。

 「…ありがとうございます、師匠。」

貴方には頭が上がりませんね

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