第26話

 どこまでも落ちていく闇を抜けて京極とユニが投げ出されたのは、分厚い灰色の雲の下だった。どこまでも続くその雲は京極にとって見慣れた光景であり、ここが故郷であるという証明でもあった。


「ノストラに帰って来たのか……」


 地面に転がっていた京極は起き上がり周囲を見渡す。四月だというのにうっすらと雪が積もっているのはいつもの事。そんなものには目もくれず、ここがどこであるかを確認する京極であったが、結論はすぐに出た。


「家の近所だ……」


 そして思い出す。世界を超える前にユニが口にした言葉。大切な人が死にかけているという発言。その真意を確かめようと横に倒れていたユニを見るが、彼女は熟睡している。


「起きてくれユニ!俺の両親がどうしたんだ!?」


 京極の大切な人とは両親の事である。それはレイブンに問われた時から変わっていない。であるならば、両親が今命の危機に瀕しているということになる。ユニにその詳細を聞こうと揺すれども起きず、呼びかけても答えずだった。


「ユニの秘匿は相当の情念リビドーを消費するんだな」


 思い返せばユニは寝てばかりいた。その理由を再確認して京極は彼女を起こすのを諦め、自らの目で真相を確かめることを決めた。


「ちょっと揺れるけど許してくれよ」


 京極はユニを背負い走り出した。近くに置いていくことも考えたが、この世界には存在しない小さな獣人をひとりにして誰かに見られるわけにはいかない。ローブについたフードを深く被せて彼女のこげ茶色の頭髪と獣耳を隠し、周囲から見られないように細心の注意を払って街の中を走り抜けた。


 いつも通り街には人気がほとんどない。ノストラはほとんどの場所で人口密度が低いからだ。今回はそれが幸いし誰にも見られずに目的地にたどり着くことができた。


 場所は両親の住む家。そして、両親の務める研究所でもある。


「父さん、母さん……」


 閑静と呼ぶにはあまりにも静かで、京極は嫌な予感がした。扉の電子ノブに手をかける。ロックがかかっていたが京極は認証されているため解除して玄関の扉を開いた。


「良かった」


 家の中は特別荒らされた様子もなく普段通りの状態だった。普段通り誰もおらず、普段通り地下で研究に没頭しているんだろう、と京極は安堵しながら廊下を進む。ノストラの住居は地上は平屋で地下に複数階あるのが標準だ。京極は地下への階段を下りながら嫌な予感を振り払おうとしていたが、途中で足を止めた。


「何の音だ……?」


 はじめは自分が階段を下る足音かと思ったそれは、規則的な音だった。何回か連続で金属音が鳴って、しばらくそれが止む。するとまた似たような音が鳴ってまた止む。京極はゆっくりと音の鳴る方に歩み出した。その場所は恐らく地下二階。京極の足元から鳴っていた。


 一段、また一段と進む度に音が近づいているのが分かる。ふと、横目で地下一階の様子を見ると、研究のための資料が荒らされていた。それは機密の漏洩を防ぐためデータ化されていない書籍や書類。つまり両親の研究を狙った何者かが家の中にいることを示している。


 京極は急いで地下二階へと駆け下りた。


「あんた……、なにしてんだ……!!」


 激高した京極の眼前にいたのは、動けなくなっていた両親とそれを何度も剣で切り裂く屈強な男の姿だった。


「久しぶりだな、ベイビー」

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―ブレインズ・ブレイク・ワールド― 機械のカラダと勇者の脳ミソ くらんく @okclank

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