蛮族、浮き上がる

 チルドの宣戦布告の次の日。ジャスリードはチルドを迎え撃つための準備の真っ最中であった。いつ来るかも分からない、そんな一刻をも争うその状況下で、ジャスリードは筋トレをしていた。片手……それも指一本で背筋をピンと伸ばし足を天へと向けた……そんな超人逆立ちみたいなポーズで腕立て伏せをするという、そんな筋トレだ。適度に手を入れ替えて続けているが、恐ろしいことに手を入れ替える際に一切の身体のブレがない。外から見れば「なんか知らないうちに腕が入れ替わっている」みたいな状況である。


「あの、ジャスリード……?」

「なんだ? グレイス」

「迎え撃つ準備をするのではありませんの?」

「しているだろう? お前はしなくていいのか?」

「筋トレしているようにしか見えませんでしてよ」

「それこそ戦士の準備だろう」


 何を言っているんだ、という表情でジャスリードは一本指超人腕立て伏せを続けたままグルリと背後のグレイスへと振り返る。


「ひえっ」

「どうした」

「いえ、なんでもありませんのよ」


 動きが人間離れしすぎていてちょっと怖かったとは言えずにグレイスは視線を逸らすが、そんなグレイスにジャスリードは続ける。


「お前も分かってきているだろうが、戦士とはいえ常に自分の身体能力を発揮できているわけではない。鍛えなければ衰えるし、完全に能力を出し切るには常にこうして準備をしなければならない」

「それは分かりますけども。準備といえばもっとこう……」

「もっとこう、なんだ?」


 言われてグレイスは考える。罠などの迎撃装置。柵などの防御装置。ダメだ。どちらもジャスリード……というかベルギア氏族が使っているイメージが全くない。というか村にもそんなものはない。


(ダメですわ……! 思い返してもベルギア氏族には防御という発想がゼロですわ……!)


 蛮族は攻撃と防御の区別がない。防御? じゃあ敵の本陣に突っ込んで大将首取ろうか。ほら、敵の攻撃が無くなった(殲滅完了)。それが蛮族の基本論理だ。だからこそ、迎撃が筋トレになるというのも納得ではある。だから、グレイスはそれ以上一般的な正論を言うのを諦めた。


「ほら、えーと……ベルギア刀を研いだり……?」

「ああ、それなら問題ない。これをやる前に済ませた」

「そ、そうですのね」


 と、そこでジャスリードはクルリと飛びながら回転して地面に胡坐をかいて座る。その手には近くに置いてあったベルギア刀がすでに握られており、膝の上で横たえるようにベルギア刀を持ったジャスリードは、静かに目を閉じて瞑想を始める。


「グレイス。人生とは修行の連続だ。例えではなく、そのままの意味でな」

「よく存じてましてよ……」


 グレイスとてそれをこなしてきたのだ。毎日修行であることはよく知っている。その結果どうなったかについてもグレイス自身が知っているのだから。毎日修行すると蛮族っぽくなれる。それを続けると蛮族の中にいてもそんなに違和感が無くなる。それが答えだ。


「ベルギア氏族では、蛮神グラウグラスの至高の一撃を繰り出せるようになることを究極の目標としている。それは何度も聞いたな?」

「ええ、相手を一撃の下に切り裂き、大地をも割ったという蛮神グラウグラス……ジャスリード、貴方大地を割る気でして?」

「そうだな。俺もいずれ大地を深々と切り裂き渓谷を作ってみたいものだ」

「勝手に地形を変えたら迷惑でしてよ?」

「そうか……残念だ」


 もう出来るか出来ないかはグレイスは聞いたりしない。いつかやるかもしれないと思っているから、先に釘を刺しておいた方がいいと思うからだ。しかし、それにしてもとグレイスは思う。


(この瞑想……身体とベルギア刀の間をオーラが流れて循環してますわ……! 私はこんなものは習ってない……つまりジャスリードのオリジナル……?)

 

 オーラ。優れた戦士の証であり、戦士を遥か上の領域へと引き上げる魔力運用術。通常であればオーラに目覚めることで凄まじい身体能力となるはずが、蛮族の場合は元々凄いのでオーラも勝手に目覚めて手の負えない領域へと登っていってしまう。そしてジャスリードのしているものは、瞑想することでジャスリードの中のオーラが勝手に循環しているのだ。勿論、有り得ないことだ。超人とかそういう領域をすでに飛び越えている。


(ジャスリードがその気になれば、きっと本当に渓谷が出来る……)


 若くして部族一の戦士というのも、今のグレイスには少し蛮族に近づいたからこそ理解できてしまう。ジャスリードは……とんでもなく、強い。


「俺はな、グレイス。本当に嬉しいんだ」


 瞑想をしたまま、新しいおもちゃを貰った子どものような笑みをジャスリードは浮かべる。


「俺に真正面から戦いを仕掛ける奴がいる。闘争を、煮え滾るような戦いにこの身を浸すことが出来る。戦士として経験すべき闘争が、俺の目の前に来ているんだ……それが……それが……」

「あっ」

「どうしようもなく……この身を滾らせるっ!」

(浮きましたわ……オーラが強すぎて外に出てきて身体を持ち上げて……うーん。私、この領域までは無理そうですわねー……)


 ふわりと瞑想したまま空中へと浮き上がるジャスリードを見て、グレイスは遠い目になる。ジャスリードの体内では収まりきらないオーラが炎のように揺らめきジャスリードを空中へと導いたのだ。


(あのチルドとかいうモンスター、ちょっと可哀そうになってきましたわ)


 ベルギア刀まで浮き始めたのを見ながら、グレイスはそんなことを考えていた。

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