デーモン、出撃準備する
一方、ジャスリードとの通信を終えたチルドは基地で周囲の生物を脅えさせるような咆哮をあげていた。
そう、デーモンのチルドを将とするモンスター部隊が集まったデーモン基地。ゴブリンたちが作るとなんでも集落になってしまうが、此処はしっかりと石などを組み合わせ造られた強固な要塞だ。中に入ればその構造も入り組んでおり、しっかりと内部を知る者でなければ迷宮のようにも感じるだろう。
モンスターの中では知能の高いデーモンの、その知能を充分に活かした要塞は、たとえ人間の勇者とやらが攻めてきても迎撃できることを想定していた、のだが。
「ヌアアアアアアアアア! おのれ、おのれえええええええ!」
「チ、チルド様! 落ち着いてください!」
「これが落ち着けるかああああ! この我が、このデーモンたるチルドがあんな人間にバカにされたのだぞ! おおのれええええええ! 許さん! ゆるさああああああん!」
デーモンのチルド。大物ぶっていたその態度は「ゲーム」故の演技であり、実際には物凄く激昂しやすい性格である。だからこそチルドは人間……少なくともチルドはそう思っている……とにかく人間にバカにされた……これもチルドはそう思っているが、それが我慢ならなかったのだ。
チルドからしてみれば人間など脆弱極まりない種族であり、実際チルドが侵攻した地域は1日かからず墜とせるので遊びながらやってゆっくりと侵攻しているような状況だった。
チルドの部隊はデーモンであるチルドと、デーモンの魔力から生まれたモンスター「デーモンスレイブ」によって構成されていた。その攻撃力たるや、純粋な身体能力だけではなく恵まれた魔法能力も含めモンスター部隊の中でも上位に位置していた。だからこそプライドもそれなり以上にある。
「全員出撃準備だ! あのクソ人間をぐちゃぐちゃのひき肉にしてやるんだ!」
「し、しかし! 計画に無いことです! ディバスさまの指示を……!」
「ディバス様だあああああ!?」
そう、プライドがそれなり以上にあるのだ。ハッキリ言えばデーモンは魔族に表面上の忠誠は誓っていても心の中ではそうではない者しかいない。確かにデーモンもモンスターである以上は魔族の「下」なのかもしれないが、いつまでもそうだと思うなよ……という感じである。
さて、そんなデーモンの1人であるチルドがディバスの指示を仰げと言われてどう思うかと言えば。
「このアホがああああ! テメエの主人は誰だ言ってみろぉお!」
「げぼあ!?」
魔法の弾の一撃でデーモンスレイブが弾け飛ぶ。元々がデーモンの魔力で幾らでも生まれるのがデーモンスレイブであるため、その扱いは非常に軽い。そしてデーモンスレイブはその生まれゆえに魂の奥底までデーモンに忠誠を誓っている。だから他のデーモンスレイブも脅えこそしても反逆など考えもしない。
「何がディバスだ何が魔族だ! デーモンたる我の方が優れている! 強い! 素晴らしい! そうだろう!?」
「はい、チルド様の仰る通りでございます!」
「よし! ならばどうすればいいか理解できるな!?」
「すぐに出撃の準備を致します!」
「よし! 今日中に出撃する! 行け!」
チルドの命令に従いデーモンスレイブたちが動き始め出撃の準備を整えていく。侵攻計画を全て中止しての突然の出撃だ。すでに出撃している部隊の呼び戻しや装備品の纏め、その他諸々の作業をデーモンスレイブたちはテキパキとこなしていく。
その様子を見ているとチルドの心も落ち着いてきて、余裕ぶった態度を出来るようになってくる。
そんなチルドは、今回のゲームのことを思い返す。
「勇者ゲーム……考えてみればくだらんものだ。人間にチャンスを与えてどうなるというのだ。くだらんことをせず、一気に攻め滅ぼせばいいものを……」
勿論チルドとて遊びの感覚は持っている。今やっている侵攻にも遊びを取り入れており、しかしそれは「侵攻計画」に沿うための暇つぶしに過ぎない。
そう考えるとまたムカムカしてくるのだが、それをなんとか自分の中で抑え込む。
(落ち着け。今反逆したところで勝てん。もっと力を蓄える必要がある……)
それを臆病と呼ぶか理性的と呼ぶかは評価者によるだろうが、冷静なチルドがリアリストであるのもまた確かであった。そうした思考にしばらく浸っていると……チルドは何かが部屋に入ってきた気配を察して思考を中断する。そして、そこにいたのは当たり前ではあるがデーモンスレイブであった。
「なんだ。準備が終わったか?」
「はい。デーモンスレイブ隊200、全員出撃準備を終えております」
「よし」
チルドは窓を開けると、その場から飛び降り、翼を広げ舞い降りる。
「我等がデーモンに!」
一斉に響くその忠誠の挨拶にチルドは鷹揚に頷く。デーモンのチルドと、デーモンスレイブ部隊。それが一斉に襲ってくれば城塞都市とて然程の抵抗も出来ないままに墜ちるだろう。それだけの部隊を今、チルドは……蛮族と蛮族ソウルを得つつある少女の、たった2人へと向けようとしていた。
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