蛮族、宣戦布告を受ける

 それはどうやらこの辺りを記した地図であるようだった。侵攻の順序が分かりやすく記載されたそれは、文字通りの侵攻計画であるが……幾つかに完了ということなのかバツ印が入っている。それを見る限りでは、どうやら侵攻計画はある程度順調であるようにも見える、のだが。


「バツの色が違うものがあるな。赤が1つ、黒が4つ……」

「たぶんですけど、他にも侵攻部隊がいるのではないかしら。赤が此処の部隊がやったもの……ということではなくて?」

「そういうことか。まあ、そうだろうな。人間側がどれだけ弱かったとしても、此処の部隊だけで5つの町や村を墜としたというのは無理がある」


 恐らくは幾つかの部隊が連携してやっているのだろう。此処も集落じみてはいたが前線基地……ということなのだろう。


「全部がゴブリンというわけではないでしょうね。オークにオーガ、コボルト……もしかすると、もっと強力なモンスターもいるのかしら?」

「さあな。しかし此処を潰したのもついでのようなものだ。そちらに関わるつもりはないが……ん?」


 テントの中央に置かれた粗末な机の上。そこに飾られた水晶球が輝いているのをジャスリードは見つける。何やら定期的に点滅しているように見えるが、一体何なのか? 答えを求めるようにジャスリードがグレイスに視線を向けると「通信魔法ですわね」と答える。

 人間社会では王族にしか使えないし許されていない魔法だが……魔族ではそうでもないらしいとグレイスは思う。それと同様の魔法であるならば、恐らくはあまり長距離では出来ない仕様のはずだ。


「恐らくですけれど、そんなに難しい造りではないはずですわ。それこそ触れるだけで」

「こうか」

「あっ」


 グレイスが止める間もなくジャスリードが触れると、水晶から映像が浮かび上がり、巨大な二本角を持つ紫色の男の姿が映し出される。全身つるりとした肌と真っ赤な目を持ったその男は「デーモン」と呼ばれるタイプのモンスターだ。


「ぬ!? な、なんだお前は! 新しい勇者か!?」

「勇者ではない。俺はベルギア氏族の戦士、ジャスリードだ」

「そのジャスリードが何故そこにいる。ゴブリンナイトはどうした」

「俺の仲間が倒した」

「……そうか」

「それで? お前は誰だ」


 ジャスリードがそう聞くと、デーモンの男はその口をキュッと笑みの形に浮かべる。それは明らかな侮蔑の形だ。


「ハ、ハハ……ハハハハハ! 何処かの田舎の人間が数を頼みにゴブリンを倒した程度で強者気取りか! このデーモンたるチルドにそのような口をきくとはな!」

「そうか。ではチルド。俺はお前に関わるつもりはない。その上で聞くが……このようなものがあるならディバスに連絡はとれるか?」


 通信魔法。そのようなもので連絡をとりあっているなら、ディバスとも。そう考えたジャスリードだが、そこはグレイスの想像通りであるようでチルドのあざける声が響く。


「そんなものをそのような場所に置くと思うか? それはただの中距離通信用だ」

「そうか、残念だ」

「残念なのは貴様の頭だ馬鹿め。我等の邪魔をしておいて関係ないで済むと思ったか?」

「済まなければどうする」

「決まってるだろお……? ベルギアだったか!? その村だか町だかは殲滅する! 奴隷にすらなれんと知れ! 全員臓腑を引きずり出して骨を丁寧に砕きながら殺してやろう! ハハハハハハハハ!」

「そうか」


 チルドの言葉に、ジャスリードは短くそう答える。それは、様々な感情を含んだもので……けれど結局は1つの感情に統一される。


「宣戦布告か。まあ、仕方ないな。ゴブリンに出会えば殺すは一族の掟ではあるが、それを含めて俺の蒔いた種。そして何よりも」


 そう、それは戦意。戦士として迫る戦いへの高揚感にジャスリードは包まれていた。まあ、仕方のないことだ。こんな真正面から向けられた敵意と宣戦布告。それは、まさに。


「滾る……! 素晴らしいぞチルド! そんな殺してやりたくなる宣戦布告は俺が生まれてから初めて聞いた! いい、いいぞ! 俺は今、戦士としての喜びを全身で感じている! 願わくば、その言葉に見合う実力であってくれ!」

「な、なんだ貴様……! 何故この状況で喜ぶ!?」

「戦士だからだ!」


 一言で答えるジャスリードにチルドはすでに気圧されていた。なんだかヤバいのに関わってしまった気がする。するが……ハッタリの可能性が高い。デーモンに皆殺しにすると言われて脅えない人間が居るはずもない。

 だから……ただハッタリをかましているだけだと結論付け、チルドは笑う。


「ハハハハハ! 戦士か、戦士ときたか! ならば待っていろジャスリードとやら! 逃げても無駄だぞ。この我とデーモン軍団が貴様を磨り潰してやろう!」

「逃げるはずもない。此処で待っていよう、チルド。万全の状態で迎え撃ってやる……!」

「吼えたな。ならば待っているがいい。磨り潰される寸前でもそんなことが言えるが楽しみだ……!」


 その言葉を最後に通信が終わって。ジト目で睨んでいるグレイスにジャスリードは「すまん」と謝る。


「ちょっと旅の日程が長くなってしまうな」

「謝るのはそこじゃないと思うんですのよ……」


 戦いとその結果にサッパリ遺恨を抱かない蛮族精神にはまだまだ慣れそうにもない。

 グレイスはそう考えながら、大きな溜息をついていた。

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