蛮族、状況を見極める
そうしてジャスリードとグレイスの旅が始まってから2カ月が経過していた。
王都に行けば面倒ごとになるのが分かっているので避けて、他の村や町を通ることにしたのだが……この前のことがあって以来、中に入ることは避けていた。目的がある以上、余計なもめごとは避けるのが当然だからだ。
そうして町や村の中に入るわけでもないのに近づくのには、とある目的があった。
「……襲われてますわね」
「ああ。だが、しっかりと統率された動きだ」
オークにコボルト、ガーゴイル……様々なモンスターの混成軍が町を襲っているが、それは盗賊の類よりも目的のしっかりとした「闘争」の動きだった。戦士であるジャスリードには、略奪を目的としているのか攻略を目的としているのかくらいはこうして離れた場所から動きを見るだけでよく分かる。
「一応聞きますけど、助けには行きませんの?」
「行きたいのか?」
「いいえ」
蹂躙される町を見ながら、グレイスはそうハッキリと答える。以前のグレイスであれば「助けたい」と思いつつも悩んだり……といったこともしていたかもしれない。しかし、今のグレイスは違う。これは、悩む価値すらないことだからだ。
「私、思いますのよ。誰かを助けるというのは、縁のようなものだと」
ジャスリードとグレイスの出会いは、まさに縁だった。あのときジャスリードはグレイスを助けてくれた。だからグレイスも、ジャスリードが望むのならば全力で助けたいと思っているしジャスリードの言うことは余程間違っていなければ全肯定したっていい。
そして自分を受け入れてくれたベルギア氏族に関しても、それは同じだ。グレイスにとって、自分を助けてくれなかったこの国は……そういった「縁がなかった」場所に過ぎない。
「助けたとして、その後どういう目で見られるかは知れていますわ。それでも助けるとジャスリードが仰るのであれば、私には何の異存もなくてよ」
「そうか」
ジャスリードは頷くと、ゆっくりと町へ視線を戻す。
「アレはゲームだ。殺し合いですらない」
「……確かに、そうですわね」
怪我人はいるが死人はほぼ出ていない。明らかに手加減された「捕縛する」動きをモンスターたちはしていた。そんな統制が出来るなど、モンスターに対するすさまじい統率能力だ。モンスターは聖魔大戦において魔族が生み出した生物だという噂も事実であるようにグレイスには感じられた。
「そして俺たちはそのゲームで言う『勇者』ではない」
「……ええ」
それどころか罪を着せられ追い出された。この国においてはグレイスは反逆者のままだ。
まあ、王太子はその事実すら都合よく忘れていたように見えるが。
「ならば俺たちはそこに乱入すべきではない。魔族はルールを誠実に守っている」
「それを確認したかったんですのね?」
「ああ。魔族の示した公平は見せかけの罠なのか、それともルール通りなのか。それを確認することで、これから先の態度が変わる」
人類が圧倒的不利という事実を除けば、魔族はこれ以上ないくらいに手加減しルールを守っている。ならば、ジャスリードがそれにわざわざ介入する理由は何処にもない。
「俺たちが解決すべきは、俺たちとやり合うつもりなのかという一点だけだ。それを再確認できた以上……あれには関わらない。俺たちが関わるべきは、あの町の蹂躙が終わった後だ」
「……後? 町を取り戻す……とかではないですわよね」
「勿論違う。あいつらは町を占拠する。たとえばその後支配するとして……作戦の終了を誰に報告する?」
「あっ」
なるほど、作戦が終われば当然何処かに報告に行く。それは直属の上司であるかもしれないし、あるいは魔族の本拠地そのものであるかもしれない。
しかしどちらにせよ「襲撃事件に関する事情を知るかもしれない魔族」の下へ行くということだ。ならば、まずはその魔族に会いに行く。そいつが知らなくても、知っている者……最高責任者にまで辿り着けば、真実がどうであったかは自然と分かる。
「なるほど……確かに魔族のトップが知らないのであればベルギア氏族を襲撃する意図はなかった。そういうことになりますわね」
「ああ、その可能性は高くなる」
「高く?」
「現場の暴走の可能性もあるし、責任者のたてた方針に従ったらベルギア氏族も対象になったという可能性もあるだろう」
だから、とジャスリードは言う。
「1つずつ可能性を潰していくぞ。そうして最後に残ったものがゆるぎなき真実だ」
「では、まずは……尾行ですわね」
「違う」
「え?」
「俺たちは盗賊でも暗殺者ではない。説得して責任者の下へ連れて行ってもらうんだ」
「そうですわね」
でも最終的には武力ですわよね、とはグレイスは言わない。
そう、蛮族は非常に合理的だ。言葉が通じないなら力で通じさせるだけであって、大体の場合は相手が蛮族を侮るので武力になるというだけの話が5割だ。まあ、残りの5割は蛮族の逆鱗に触れて問答無用で叩き潰されるという話なのだけれども……今回も力尽くになるだろうな、という予感はグレイスの中にあったのだ。
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