蛮族、衛兵を殴る
あまりにも意味が分からなかったので偽物かと疑って衛兵を殴ってみた。
殴ってみたら増援も来たので、それも殴った。
とりあえずそんな感じで増援も含めて喋れる程度に殴ったあたりで聞いてみたのだが、どうにも本物である。
それはグレイスとしては「そうでしょうね」と思ってはいたのだが、ジャスリードとしては疑問だった。衛兵とは治安を守るものだというのに何故事実確認もせずにジャスリードたちに襲い掛かってきたのか? それはジャスリードの知る常識からすると、かなり理解の出来ないものだった。
「それで? 何故こいつらの味方をした。この町は悪を良しとするのか。それとも悪の支配下に入ったのか?」
「い、いえ。町の住人に蛮族が手出しをしていたと思われる……いえ、すみません……そういう風に見える状況ではひとまず市民のヒエッ」
「つまり腐っているということか。腐っているのは目と頭のどちらだ」
「も、申し訳ありません! ですがその」
「言い訳するのか」
「申し訳ありません!」
どうにも「自分たちは間違っていない」と考えているのが見え見えでジャスリードは衛兵たちに対する認識を人類から格下げしていく。
考えを曲げないこと自体はいい。しかしこの場を逃れればいいという情けない根性が丸見えで、戦士と呼ぶには程遠い。こうなると虫とあまり変わらない。
「くだらないな。もう行っていいぞ」
「は、はい! おい、行くぞ!」
立ち上がってよろよろと逃げていく衛兵たちを見ながらジャスリードは溜息をついて周囲に視線を向ける。そこには脅えた目を向ける住人たちがいて、ジャスリードと目が合うと「殺されるうう!」と叫んで逃げていく。
別に殺し合いがしたいというなら構わないが、進んで虐殺をするほど倫理観が欠如しているわけでもない。そういうのは虐殺に足る正当な理由があってこそなされるものだ。
「さっさとこの町を出るか、グレイス」
「そうですわね。此処では何を得るべきでもない……魂が腐りますわ」
「ああ、その通りだ」
そう、ベルギアの戦士としては当然そうするべきだ。金など要らないと言われても払うべきだし、しかし払ったところでそれは「買った」と言えるのだろうか? 答えは否である。
此処で何かを買ったとしても、宿に正当な料金を払い泊ったとしても、互いに気分が悪くなるだけだ。金を払い略奪者のように思われたり言われたりすれば、それこそ戦士の誇りを守らなければならなくなる。そういう事態を避けるのは、誇り高き戦士の嗜みだ。そうしなくてもどうにかなる状況で自ら汚泥に手を突っ込むことほど愚かなこともない。
だからジャスリードとグレイスは町の門を出ていき……その様子を町の人間たちはホッとした表情で見送る。やがてその姿が米粒ほどにも見えなくなったあたりで、その口からは悪態が漏れ始める。
「いやあ、ほんとロクでもない連中だったよ」
「衛兵に逆らってなあ……法ってもんを理解してねえんだ」
「なあ、領主さまに報告を出してもらったほうがいいんじゃねえか?」
「そうだな。あんなのを放置するのは良くないよ」
「皆で衛兵詰め所に行くか。あんな狂暴な連中でも討伐隊が出れば反省するだろうよ」
あくまで善意と正義感によってそんなことを言う獣人たちだが、だからこそジャスリードたちとは分かり合えない。というか討伐隊など出たら逆に領主が危ないが、その辺は狭い世界に生きる住人あちに理解できるはずもない。領主も理解しているかはちょっと怪しいけれども。
しかしまあ、結果から言うと討伐隊が出ることも、この町から報告が領主に行くこともなかった。
そして二度とジャスリードたちがこの町に立ち寄ることもないし、何かを聞きつけても来ることもない。だから。響いた緊急事態を示す鐘の音は、まさに絶望の音だ。
「モンスターだ! モンスターの大群が現れたぞおお!」
見張り台から響く声は、焦燥に満ちたものだ。勿論町の門はすぐに閉じることができるが、そんな問題ではない。飛行型のモンスターも混ざっているからこそ壁には意味がない。すぐに矢が放たれるが、それで何処まで減らせるか?
「え!? ど、どうしてモンスターが!」
「傭兵ギルドに逃げろ! あそこなら……!」
魔族たちのゲームの対象は、今日はこの町。そして不幸なことに、それを全滅させ得るジャスリードたちは町の人間たちが追い出してしまった。
「そうだ、さっきの蛮族! 衛兵をケガさせたんだからあいつらに……」
「もう居ねえよ!」
「ちくしょう! とにかく逃げろ!」
悲鳴と怒号の響く町で。住人たちが1人残らず奴隷と化したその場所に、蛮族たちが来ることはない。疲弊した王都も脅える貴族も、救出部隊を出すことはない。
だから、住人たちの末路は悲惨なものだ。今後魔族がどうにかならない限り、彼等の未来に光がさすことはない。
ただ1つ、特例があるとするならば。モンスターたちは人類は嫌いでも人類以外はそうでもないので、犬や猫、その他家畜などは人間とは真逆に可愛がられた……まあ、そんなところである。
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