蛮族、チンピラに出会う

 ラナシュ王国の、とある町ではいつも通りの光景が繰り広げられていた。人々がのんびりと行き交い、店では店主が声を張り上げて呼び込みをする、そんな光景だ。

 そんな中を歩くのはジャスリードとグレイスの2人だ。最低限の荷物のみを持っている2人だが、服装とベルギア刀が揃うと蛮族特有の戦いに身を置く者の雰囲気が自然と溢れ出す。

 ちょっと前まではただの没落令嬢であったはずのグレイスからも蛮族の雰囲気が出ているのはグレイスにそっちの才能があったのか、蛮族流の鍛錬は短い時間で人を戦闘民族に変えてしまうのか。どちらにせよ、グレイスは満足で。そんなグレイスは町の雰囲気を注意深く見つめていた。

 明るく、のんびりとしていて……何処にも暗い雰囲気はない。

 王太子があんなアホな命令をしにくるほど追い詰められているとは思えない光景にグレイスが訝しげな表情になる。


「……おかしなものですわね。普段通りの生活をするにしても、もう少し危機感のようなものがあると思っていましたけれども」

「伝わっていないのかもしれないな、魔族の話が」

「なるほど……」


 ジャスリードの言葉にグレイスも思わず頷いてしまう。確かに魔族の話は王宮内でされたのであって、王宮がその気になれば隠せるような類のものだろう。

 あの場にいた誰かが漏らせば伝わりそうなものではあるが、基本的には貴族と貴族に雇われるレベルの傭兵たちだ。その辺の機密保持はしっかりできているということなのかもしれない。

 しかしまあ、それよりも気になるのは。


「おい、あれ蛮族じゃないか?」

「異種族がどうしてこんなところに」

「嫌だなあ。妖精族ならともかく蛮族はなあ……いつ暴れ出すか……」

「衛兵はなんであんな連中を入れたんだ?」


 散々な言われようだ。というか蛮族が嫌われ過ぎである。一体何故そんなことになっているのか、グレイスには分からない。分からないが、ひとまずは相手をしても仕方がない。多少声がデカいが、こちらに喧嘩を売ってきているわけでもない。そんなものを片っ端から相手にしていては、パブリックエネミーになってしまう。


「さ、宿を見つけましょ」

「そうだな」


 まあ、何処かの宿に引きこもってしまえば特にトラブルもないだろう。そう考えながらグレイスとジャスリードは歩き……その眼前に、ぬっと大柄な男たちが現れる。いや、正確には1人は大柄だが残りは体形がバラバラだ。総勢5人の男たちは如何にもチンピラといった風情だが、これではジャスリードたちのほうがキチッとしているように見える。

 そしてニヤニヤしているその男たちの顔はどう見ても好意的ではなく、ジャスリードはグレイスをかばうようにその前に立つ。


「何の用だ?」

「なんのようだあ? だってよ!」

「ギャハハハハハハハ!」

「似てる、似てるぜえガス!」


 なるほど、どうにもジャスリードたちを馬鹿にしにきたらしいが……ジャスリードはガスと呼ばれた大男を見上げ「喧嘩でも売っているのか」と冷静に尋ねる。


「けんかでもうってるのくあー?」

「バッカじゃねーの! そんなことも聞かなきゃわかんねーのかよ!」

「おいガス、やっちまえよ!」


 男たちの様子に町の人間は止めるでもなくクスクス笑っているが……ジャスリードはそれに大きく溜息をつく。


「いいだろう、かかってこい」

「ははっ、かかってこいだってよ! かっこいいなあオイ!」


 大きなメイスを取り出したガスがグオンと凄まじい音を響かせながら振り下ろすと、凄まじい打撃音が響いて……微動だにもしないジャスリードの姿が、そこにあった。


「……は?」


 ジャスリードは兜などつけていないし、つけていても衝撃でかなりのダメージがいくはず。なのに、平然としている。その意味が、ガスには分からなくて。


「ごえっ」


 無言のままジャスリードが放った拳が、ガスを天高く吹き飛ばす。

 ズドンッと。垂直に飛んだガスは地面に落ちて転がっていき、ピクピクと痙攣している。

 死んではいない。いないが……すぐに起き上がるのが不可能な程度には意識が吹っ飛んでいる。


「くだらん挑発だ。だが真正面からきたことだけは評価できる」

「こ、この化け物!」

「誰が化け物だ」


 もう1人の男がナイフを構え襲ってくるのを、ジャスリードはビンタで叩き落とす。ベルギア刀を抜く素振りすら見せはしない。使う必要がないからだ。


「ち、ちくしょう! なら……」


 別の男がグレイスを狙おうと襲い掛かり、しかしスッと避けられ足をかけられて転んでしまう。


「ぐあっ、ぐえっ!?」

「甘いですわよ」


 グレイスに踏まれた男が悲鳴をあげるが、グレイスは容赦しない。そのまま蹴り飛ばして気絶させると、残りの男2人はオロオロとして……自分たちを睨むジャスリードとグレイスの視線に気付き「ヒイイイ」と悲鳴をあげる。


「た、助けてくれえええ! 蛮族に殺されるうううう!」

「は?」


 ジャスリードとグレイスが思わずそんな声をあげてしまうのも仕方がないことだろう。しかし警笛の音と共にやってきた衛兵たちは、明らかにジャスリードたちに敵意の視線を向けてきていた。


「そこの蛮族ども、武器から手をはなせ!」

「抵抗すれば死罪だ、大人しくしろ!」

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