没落少女、結構どうでもいい
「あら、王太子殿下ですわね」
「長、何故コレが此処に?」
アルダン王太子とその部下たちが全員ボコられて倒れていることに一切言及しないグレイスとジャスリードに、長も「うむ」と頷く。
「何やら来るなりギャーギャー騒ぐんでな。面倒だから黙らせてみた」
「流石長ですわ!」
「ああ。決断力がある」
「いや、おかしいだろう!?」
ゴブリン……もといアルダン王太子がガバリと起き上がって、拳を握った長にビクリと反応する。
「な、なんだまた暴力か! 私はそんなものには屈しないぞ!」
「おお、そうか。お前の父も祖父も同じことを言って少しもしないうちに泣いたぞ」
「うわー!」
「長、ひとまずそのくらいで」
グレイスが長を止めるとアルダン王太子がゴブリンフェイスをぱあっと輝かせて思わずグレイスは蹴りを入れそうになる。
「おお、グレイス! お前はやはり私の味方をしてくれごふっ!?」
やはり蹴りを入れた。何をするにしても、まずは蹴りを入れたほうがいい。ベルギアの戦士たちの間で過ごしてグレイスが学んだことである。そして一発だと文句が出るので、ひとまず抵抗する気を無くすまで蹴りを入れていく。アルダンがどういう男かはよく知っている。
そうして一通り蹴り終わると、アルダンは「何故蹴る!?」と抗議の声をあげる。
「チッ、頑丈ですわね」
「鍛えた形跡があるな」
「当たり前だ! この顔になってから出会い頭に私に攻撃する奴が凄い増えたんだ! 王宮の連中は私の事情は知っているはずなのにだ!」
「人望ですわね」
人望だと思いつつも言うのはやめておこうと思ったグレイスは思いつつも口から言葉が正直に滑り出ていくが、特に後悔はしてない。
「グ、グレイス。お前は変わったな……」
「伸び伸びと生きておりますわ」
「まあいい。まずはグレイス。君に対する恩赦が決定した」
「あら、枝毛が。ストレスかしら……」
「せめて聞く態度くらい見せてもいいのではないか!?」
「そうは言うが正しい生活をしているグレイスに枝毛があるというのは問題ではないか? 速やかに改善策を見出さねば」
「そうですわね。髪のお手入れもしておりますのに」
口をパクパクさせているアルダンの口にグレイスが懐から木の実を取り出すとその口に放り込み「苦あっ!?」と悲鳴をあげさせる。
「何をするんだお前は!?」
「気付けの木の実ですのよ。なんだか気絶しそうなお顔でしたもので」
「気絶したくもなるだろう……! 私が伝えに来たのは勅旨だぞ!?」
「今の私には長のほうが上ですし」
「ぐ、うう……!」
すっかり何だか違う人になっている。アルダンはそれを明確に感じ取ると、その場で咳払いして紙を広げていく。
「ええい、もういい! 聞け! この度ベルギア氏族の者たちを魔族討伐軍へと編成することに決定した! 速やかに準備を整え、魔将ディバスを名乗る魔族を撃つべし!」
「断る」
「何ィ!?」
長のアッサリした一言にアルダンは驚愕の声をあげるが、長はそれはもう冷めきった顔であった。
「そもそも儂らを軍に編成とかふざけておるし、あとは個人的にお前が嫌いだからやってやらん」
「お前……! この前王城で私を殴ったときもそうだが国をなんだと……!」
「二度と関わらんから許してくれと言ったのはお前の祖父なんだが……まぁだ教わっておらんかったのか」
「おじい様のあの戯言が事実だとでも言うのか⁉」
「うーん」
長は悩んだような様子を見せるとアルダンに一撃入れて気絶させて、アルダンたちの乗ってきた馬車にアルダンと兵士たちを詰め込んで御者席に乗る。
「ジャスリード。ちと王都で話をつけてくるでの。また数日村を頼む」
「はい、いってらっしゃいませ」
「お気をつけて!」
たぶん今度は先王じゃなくて現王が何かされるんだろうな、と。そんなことをグレイスは思う。
馬車が遠ざかって行ったのを見送ると、グレイスはふと視線を別の方向へと向けて「あっ」と声をあげる。何やら建物の陰で気絶している兵士が1人。どうやら1人だけ別の方向に転がっていったので忘れられていったらしい。
「届けないといけませんわね。間に合うかしら」
「ああ、俺が届けてこよう」
ジャスリードが即座に男を担いで走っていくが……そうすると、グレイスだけがその場に残されてしまう。呼ばれて戻って来たはいいが、なんともかんともといった気分だ。
「……思ったより動揺しませんでしたわね」
元婚約者、アルダンとの再会。もっと怒りとか悲しみとか、そういう感情が湧いてくるかもと思ったこともあるが……こうして会ってみると、意外にも「無」だった。どうしようもないくらいに何もない。
「アレが王太子かあー。ゴブリンにそっくりだったわね」
「あ、お師匠様」
「それで? 元婚約相手と会った感想は?」
「何もありませんわ。思った以上に何もないんですのよ」
「ふーん。まあ、そうでしょうね」
バルバは当然だというかのように頷いてみせる。
「そのくらいどうでもよくなってるのよ。いいことねー」
「ええ、そうですわね」
そうして師弟は微笑みあって。はて、と首を傾げる。
「けど……長に殴られて尚あんなことを言いに来るなんて、どうしたのでしょうか」
「さあ。どうでもいいけれども」
「そうですわね」
頷きあうグレイスたちだが、数日後に何やら真新しい兜を被って帰ってきた長の話は、それなりにグレイスたちを驚かせたのだった。
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