没落少女、初陣に出る

 そして、3か月ほどの時が経過したある日。

 とある森の中に、ゴブリンの集落が出来上がっていた。人型モンスターの中では弱い部類でありながら、その繁殖力から恐るべき脅威にもなりうる者たちであるが……この集落の総数は、およそ400。大集落に分類されるこの場所は、街の近くであれば間違いなく総力戦をもって挑むべき事件となるだろう。


 恐れるべきものなど何もないとばかりに下品なゴブリンの笑い声が響く。彼らのうち、高位にあると思われる者たちは明らかに彼らの技術力では制作不能な鉄の装備などを纏っており……おそらくは不幸な人間の犠牲者があったのだろうと推測できた。

 それだけではない。ゴブリンに混ざってオークのような姿もある。明確に人類の敵であるオークだが、人間喰らいとも呼ばれる彼等が此処にいるのは、明らかな異常だ。しかもどうにも、オークがゴブリンを指揮しているようにも見える。

 このまま彼らの跳梁を許せば回避不能な悲劇、すなわちゴブリンによる人里への侵攻「ゴブリンハザード」が起こる未来すら予測できたし、そうなる可能性は非常に高かっただろう。此処は、そうなりやすい……文明の恩恵からは少しばかり離れた場所だった。


 しかし、しかしだ。この場所でゴブリン達が繁殖したのは悲劇だった。人間ではなく、ゴブリン達にとって。

 そして更に悲劇であったのは……今日この日、「それら」はいつも以上にやる気に満ちていたということだった。


「ゴブ⁉」

「ゴブブ⁉」


 突如響いた太鼓の音。原始的にして力強く、心を揺さぶるようなその響き。ゴブリンたちの文化には存在しないその音に、ゴブリン達もオーク達も慌てたように武器を構え……やがて、森の中から何者かが飛び出してくる。

 ゴブリン達の一部が着ている人間の鎧とも違う独特のデザインの装備を纏う、筋骨隆々の男女混合の群れ。年代こそ様々ではあるが、どの瞳にも燃え盛る炎のような闘志が見える。そして黒髪黒目という特徴もまた、同じ。

 いや、1人だけ桃色の髪の少女が混ざっていた。しかしその少女の瞳にも凄まじい闘志が宿っていた。

 そして、そのうちの1人……先頭に立つまだ幼さの残る少年が、手に持つ剣を掲げ叫ぶ。


「蛮神グラウグラスの名にかけて……俺達ベルギアの戦士が、貴様らを皆殺す!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「蛮神グラウグラスの名にかけて!」

「シャーマン! 始まりの火を灯せ!」


 シャーマンと呼ばれた少女。それは正確には「シャーマン見習い」ではあるのだが……戦場でそんな区別は要らない。だからこそ「シャーマン」として少女は声を張り上げ杖を掲げる。


「蛮神グラウグラスの怒りの火よ!」


 ゴウ、と。太陽かと思うような火が燃え盛る。それは一瞬の迷いもなくゴブリン達の真っただ中へと放り込まれて「ギャー!」という悲鳴が上がる。その悲鳴は、その火の揺らめきは。ベルギアの戦士たちに更なる高揚感をもたらす。


「いくぞ戦士たちよ! 皆殺しだあああああああ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 叫ぶ。走る。無数のベルギア刀が掲げられ、振るわれ、その度にゴブリンが死んでいく。オークが慌てて指揮の声を張り上げるが、状況はすでに乱戦。そしてバーサーカーの如き蛮族戦士たちの前ではゴブリンは恐怖で逃げ惑うばかりだった。

 当然だ。向かえば殺される。逃げても殺される。剣も槍もはじき返される。怪物だ。人間の形をした怪物の群れが襲ってくる。


「ゴ、ゴブウウウウウウ!?」

「ゴブアアアアアアア!」


 悲鳴を上げて必死に……演技でもなんでもなく、ただ生き残るためだけに逃げ回るゴブリンという恐らくは誰も見たことのない光景に、オークたちは唖然としつつも自分たちの武器を構える。

 役立たずめ、小賢しさと、増えるしか能がないくせにどうしようもない雑魚どもめ。あんな人間どもに脅えるとは。

 そう憤慨しながらもオークたちはその巨大な剣や斧、大棍棒を構える。人間など、どんな鎧を着ていようとこれで何も問題はない。

 あれがどんな人間だろうと、これで。


「イイイイイイアアアアアアアアアアアア!」


 ズドン、と。オークの1体がベルギア刀で真っ二つにされた。


「デカいのがいるぞ!」

「首魁だな!?」

「俺が斬る!」

「あっちのデカそうなのは私が斬るわ!」


 ベルギア刀を振るい、老若男女を問わず襲っていくベルギアの戦士たち。その姿はオークにすら恐怖を抱かせた。

 恐ろしい。なんと恐ろしいことか。こいつらは、自分たちを斬ることしか考えていない。


「ブ、ブガアアアアアアアアア!」


 大棍棒を振り上げたオークリーダーは、シャーマンとか呼ばれていた少女の下へ走る。アレが一番弱そうだ。アレを人質にとれば、あるいは。そう考え走り、走って。死にかけでも構わないと、大棍棒を振るって。しかし振り下ろした先には、少女はいない。


「ブゴッ?」


 木を利用して飛んだ少女のベルギア刀が頭に突き刺さったと気付いたのは、それが深々と刺さってオークリーダーが命を失う直前のこと。

 地響きをたてて倒れるオークリーダーから、少女はベルギア刀を抜き叫ぶ。


「敵の長は、このグレイスが討ち取りましたわあああああああああああ!」


 敵の首を晒すような真似はしない。敵の死体はそれ以上弄ばれるものではないからだ。しかし、そのあまりにもシンプルにして衝撃的な結末はゴブリン達の士気を一気に崩壊させ……それから僅かの時間もたたないうちに、ゴブリンの集落は壊滅する。

 それは彼らベルギアの戦士たちにとっては、なんという事もない闘争の1つであり……そして、シャーマン見習いグレイスの、初陣でもあった。

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