長、帰ってくる

 それから数日後。長は大体の人の予想通りにひょっこりと村へ帰ってきた。何やら荘厳な感じの兜を被っているが……グレイスはその兜に物凄く見覚えがあった。近衛騎士団長の兜だ。


「おお、グレイスではないか。こんな村の外に出てきているということは」

「修行中ですわ……オーラとマナの両方を使っての」

「ハハハ、アレか! バルバは戦士としては弱いほうだが、魔法を併用させれば他の戦士にも劣らぬ!」


 言いながら「おっと」と長の姿が消え、その場に手を伸ばしたバルバが現れる。闇の魔法で気配を消していたのだろう、グレイスは全く気付かなかったが、長は気付いたらしい。その姿はすでに近くの木の上にあった。


「もー、相変わらず感知能力が怪物よね。理屈だけ聞いてデュアルコアになる奴はこれだから」

「フフン。人を怪物と称する時点で修業が足り取らん証よ」

「グレイス、此処にまでなる必要はないわよ。コレは巨人族にチビとからかわれたからって、集落に乗り込んで全員ローキックで泣かしてくる奴だから」

「巨人族って遥か昔の聖魔戦争で絶滅したと聞いたのですけれど……」

「結構生き残ってるわよ。モンスターってでっかいのも多いし無限に生えてくるからご飯に困らないんですって」


 手づかみでムシャアッよ! とポーズつきで言うバルバに「そういえばそんな連中だったなあ」と長が笑う。本当に此処に来てから自分の常識が壊れていくグレイスではあるが、不思議と気分は悪くない。此処は、本当に良いところだ。訓練はとんでもないが。


「それで? 修行はどんな感じかの?」

「まだまだよー」


 長と笑い合っていたバルバの姿がフッと消えて。グレイスは反射的に横へと飛び、木の幹を足場に全く違う方向へ飛ぶ。しかし、その到着地点にすでにバルバが居て、腕を広げている中に飛び込み抱きしめられる。


「ね? まだまだでしょ?」

「うむ。しかし……フフフ、儂がいない間に此処まで動けるようになったか。来たときは捻じれ角牛と相対したら無様に轢かれるしかないお嬢さんに見えとったが、中々成長したではないか」

「そうよね。赤ちゃんに泣かされるんじゃないか心配なくらいだったけど、これなら子どもたちと遊んでもある程度耐えられるんじゃないかしら」

「上が高すぎましてよ……」


 今でも充分王都の騎士団で通じるくらいの実力にはなれていそうにグレイスは思うのだが、どうやらそれではベルギア氏族ではザコ以下であるらしい。しかしまあ、確かに数日でこれだけ強くなったのは……とんでもない特訓の数々のせいではあるだろうが。


「グレイス」

「はい、長」

「人間、追い詰められると限界を超えた実力を発揮できるというそうだが……ベルギアの視点から言えば、追い詰められて強くなるということは、そこまでは常に出せる力であるということだ」

「えっ」

「そこまでは肉体が出せると伝えているんだ。ならば肉体を鍛え『そこまで』を常に出せるようにすれば、肉体の限界は更に上がる。そう、つまり肉体からのまだまだやれるという、お前はそんなものではないというメッセージ……!」

「気にしなくていいわよー。それ実践できるのは蛮族だけだから」

「誰でもできる。先代のシャーマンは実践したぞ」

「特殊な例を持ち出すのどうかと思うわあ。種族差も個体差もあるんだから。しっかり合った育て方をしないと」


 グレイスの教育方針の話し合いであるのは確かなのだが、しかしまあ、どちらもグレイスを更に引き上げようとしてくれているのはよく分かる。


「お、そうだ。ジャスリードはよくしてくれているか?」

「はい。とても優しくしてくださっていますわ」

「そうか。ならばよかった」


 頷く長は満足そうで。話が途切れたと察したグレイスは、先程から気になっていたことを聞いてみることにする。


「あの、ところで確か先王陛下を殴りに行かれたと。その兜は……」

「おお! これか!? いつ聞いてくれるのかと思っておったよ!」

「そういうツッコミ待ちの精神どうかと思うわー」

「これはな、先王を殴りに行く前に近衛騎士団長を殴っていこうと思いついたんだが」


 思いついて殴りに行くような相手ではないというツッコミをグレイスは放棄する。先王を殴りに行こうとしていた時点で他の全ては」些事だ。


「しかし代替わりしとってな。『蛮族が! 先代に倒されて尚妄執を捨てられぬか』とか誇り高き剣がどうこうとか言うのでな?」

「あー……」

「必殺の剣とやらを真正面から破って引っ叩いて、泣くまで蹴ってきた」


 これはその戦利品、と言う長にグレイスは「まあ、そうなるでしょうね」と頷いてしまう。近衛騎士団長に正しい話が伝わっていなかったとなると、先王はもしかすると自分はもう引退したからと教訓を伝えなかったのか、それとも今の王が先王の戯言と切り捨てたのか……なんとなく後者のような気がしていた。先王は本当に駄目な人だったらしいので。


「で、まあ先王を殴りに行ったんだが……奴め、儂を目にしたらその場で泣いて許してくれというからな?」

「許されたのですね?」

「いや、殴った」


 スッキリした、ついでに今の王と、高慢なゴブリンがいたからそれも殴ってきたと本当についでのように言う長に……グレイスは、本当に遠い目になるのだった。

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