没落少女、紹介される

 そして宣言通りにジャスリードは物凄く紳士であり、完璧な配慮をグレイスにした。

 余っている部屋を片付けグレイス専用の部屋を作ることから始まったそれは、王都の「紳士」連中が如何に似非であったかということをグレイスによく分からせた。

 そして翌日。しっかりと朝食を……これも驚くべきことに、王都では薬草としても使われる高級な野菜のサラダに、しっかりと焼かれたパン。そして豆のスープに塊のチーズ。そんな朝食を目の前にグレイスは絶句していた。


「凄く食事がしっかりしてますわよね……」

「食事は全ての基本だ。しっかりと食ってこそ良い戦士になれる」

「そうかもしれませんけど、普通は難しいんですのよ……」


 安い稼ぎしかなければ、自然と安い食事になる。野菜くずと肉の切れ端のごった煮スープに、固いパンを浸して食べるような生活をする者がどれだけ多いことか。それに比べると贅沢で量が多くて、グレイスには食べ切れるかすらも分からない。


「食べたらまずは全員にお前を紹介する。これはまあ、ただの面通しだ。いきなり全員を覚える必要はないが、徐々に覚えていくといい

「分かりましたわ」


 そうしてサラダを食べると、採れたての味と食感がグレイスの口の中に広がっていく。端的に言うと、物凄く美味しい。


「す、凄く美味しいですわ……」

「そうか。『生活組』が育てたものだ。彼等の努力が詰まっている」

「有難いことですわ」

「ああ、有難いことだ。戦士組と生活組、どちらが欠けてもこの生活は成り立たない」


 これもまた、王都とは違うものだった。王都では……というかラナシュ王国全体を見回しても、肉体労働は下賤で頭脳労働こそ素晴らしいものと考えるのが常識だ。上級役人に下級役人、将軍に騎士に兵士、中央所属と地方所属……何処に行っても下に行けば行くほど泥臭く、その有難みを感じる者などいない。騎士ですら野蛮と考える貴族も多いのだから、まあかなり根深いものではある。


「そうですわね」

「ああ」

 

 チーズも味が濃く、パンも素晴らしい焼き加減だ。豆のスープもこれまた素晴らしい。

 そんな食事を終えれば、村の中央の広場らしき場所にグレイスとジャスリードは向かっていく。そこには恐らくは村の仲間たちと思わしき人々が揃っていたが、全員がグレイスから見れば一流を遥かに超える戦士たちだった。生活組も混ざっているはずなのに、グレイスには区別がつかないレベルだ。


「此処に居るのはグレイス! ラナシュ王国で裏切られ罪を着せられ、縁あって仲間に加わることになった! 皆、気にかけてやってくれ!」

「よ、よろしくお願いしますわ」

「任せろ!」

「相変わらずだなあっちは!」

「追手が来ても真っ二つにしてやるぜ!」


 そんな歓声が……何やら物騒なものも聞こえてきたが、とにかく歓迎してくれているようだった。

 男衆も女衆も皆歓声をあげ、その中の1人が「質問だ!」と声をあげる。


「バズム、質問とは何だ」

「グレイスはジャスリードの嫁か!?」

「嫁ではない。しかし後見人は俺だ」

「いつになったら嫁をとるんだ!」

「うるさいバズム。長がお前は一生独り身だと心配していたぞ」

「ワハハハハハハ!」

「その通りだなバズム!」


 バズムと呼ばれた男があからさまに落ち込んで周囲からバシバシ叩かれているが、なるほど。グレイスを馴染ませるために道化になってくれたのだろうとグレイスは気付く。だからこそ、フフッと笑って。ジャスリードがそんなグレイスを見て小さく微笑む。


「よし! グレイスは今日からシャーマンのところに見習いに入る! では解散!」


 パアン、と響く手を叩く音に全員が一瞬で何処かに走り去っていって。目にも止まらぬその動きにグレイスが驚きの表情を浮かべる。


「あの、消えたのですけれど……」

「移動しただけだ。あのくらいなら俺にも出来るし、いずれお前にも出来るようになる」

「出来るかしら……」


 王室に所属するという「影」を思わせる速さだったのだが、蛮族戦士とはどれほどなのか。考えてみればグレイスはジャスリードの全力を見たことがない。


「さて、ではシャーマンのところに行くか」

「そういえば、今の集まりにはいませんでしたのね」

「ああ。シャーマンは独自のリズムで生活しているからな」


 そのシャーマンの家は村の隅に存在していて、柵に囲われた中に小さな薬草畑があるのが印象的な家だった。


「シャーマン、いるか!?」


 ジャスリードが扉を叩くと、中からパタパタと音が聞こえて1人の少女が顔を出す。ウェーブがかった緑の髪を肩の下あたりまで伸ばし、丸っこい緑の目が可愛らしい少女だ……しかしながら、戦士たちとは違うマナの濃い気配も感じられた。


「あら、ジャスリード。そちらは何方? マナを感じるから、もしかして?」

「そうだ。これからシャーマン見習いとして頼む。前々から弟子も欲しがっていただろう」

「確かにね。じゃあ預かるわ。適当な時間に迎えに来てあげて?」

「そうしよう」

「じゃ、貴方はこっちー」

「え? あ、あの!」


 シャーマンに手を引っ張られるグレイスだが……その力の強さは、まさに「戦士」そのものであったのだ。

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