没落少女、ベルギア刀を受け取る

 本来ならばそれは心配すべきことなのだろうが、不思議なことに一切心配するような気持ちはグレイスにはわいてこなかった。

 ただなんとなく「ああ、先王陛下はボコボコにされるんだろうなあ」と思っただけで、それ以上の感情は一切わいてこない。

 そんなグレイスが「ふう」と息を吐いた直後。自分の隣でじっと自分を見ていた女に気付き「ひゃああああ!」と声をあげる。

 誰、何、いつの間に。そんなグレイスの疑問とは他所に、女はグレイスをただじっと見ている。

 美しい女性だ、とグレイスは思う。年の頃は20代前半だろうか、艶のある黒髪は短く切り揃えられ、それが魅力としてこれ以上ないほどに主張している。肌もまだ高い金をかけて手入れをしている高位貴族の女性など遠く及ばぬほどの美しさがあり、それでいて内面だけではない確かな強さをその中にも感じられた。


「あ、あの……貴方は」

「私? 先程此処から走っていった男の妻をやってるわ」


 凄く若い。そう驚きながらもグレイスは表面上だけでも平静を装って頭を下げる。


「奥方様、ですか。あの、私はグレイスです」

「ええ、よろしく。私はミザリンよ」


 2人がそんな挨拶をするのを待っていたジャスリードが「奥方様」と頭を下げる。

 目上の人物が話しているところに割り込むほどジャスリードは無作法ではない。もっともそんな作法が出来ている者は意外に少ないのだが……そこがジャスリードがただ強いだけの男ではないと長たちに見込まれている部分でもあった。


「もしかすると聞いておられたかもしれませんが、長は王都へ向かわれました」

「そうみたいね。入れ違いだったけど……王でも殴りに行ったんでしょ?」

「先王です」

「そ。じゃあ4日もすれば満足して帰ってくるわね」

「奥方様もここ最近留守にしておられたようでしたが……」

「え? ああ、ちょっと悪質な商人を本店まで辿って潰しに行ってたの」

「そうでしたか」

「嫌よねえ。どれだけ徹底的にやっても、自分なら大丈夫って思う奴が出てくるんだもの」

「お察しします」


 物理的な意味なんだろうなあ、とグレイスは遠い目になるが、それだけ喧嘩っ早くて執念深いベルギア氏族が包囲網を敷かれていないのはたぶん食い破ったからなんだろうなあと思うし実際その通りであったりする。さておいて。


「さて、たぶん流れ的にジャスリードがグレイスの面倒を見ることになったのよね?」

「はい。勿論、万全の配慮を致します」

「ええ、よろしく。じゃあ、行っていいわよ」


 ヒラヒラと手を振るミザリンに頷き、ジャスリードはグレイスを促して外に出る。


「あの。奥方様って……御幾つなのかしら」

「長と同じだ。幼馴染らしい」

「えっ」

「長は御年67になるが、いつまでも若々しくていらっしゃる。しかし奥方様はそれ以上だ。『常若』と呼ばれているのは伊達ではない」

「……ちなみにジャスリード、貴方も実は」

「俺は20だ」

「そ、そう」


 たぶんオーラの副次効果だろうな……などとグレイスは思うが、詳しくは分からない。さておき、此処で戦士になるというのであればグレイスも才能さえあればオーラに覚醒できる……かもしれない。そちらの才能があるかどうかは不明だが。


「本来であればこのままシャーマンのところに連れて行くのだが……今日はもう疲れただろう。明日にしよう」

「ええ、そうですわね」

「風呂の場所は教えておく。実際に行って覚えるといい」

「え、お風呂!? あるんですの!?」

「何を驚いている」


 驚くに決まっている。風呂を入れるには大量の水と火が必要だ。つまり魔法を使うのであれば大量のマナが必要だし、そうでなければ大量の薪が必要になる。要はかなり贅沢なものであり、大規模な街であれば共同浴場があり、貴族は小さな風呂を持っていたりしたが……まさかこんなところに風呂が……しかもおそらく共同浴場があるというのだろうか?


「まさか薪を使ってるんですの?」

「そんなわけがあるか。大地の恵みだ」

「温泉……」


 確かにそんなものがあるとは聞いたことがあった。香りのするものもあればしないものもあるというが、こんなところで湧き出ていたとはグレイスは知らなかった。基本的に温泉の湧くような場所は貴族や大商人が独占しているので、グレイスのような木っ端貴族には話くらいしか伝わっては来なかったのだ。


「なんだか今日は驚きっぱなしですわ」

「そうか。明日からは筋肉が驚くぞ」

「そうですわね……」


 今日は勘弁してくれる、と言っているのだろうか。その辺りは不明だが……そうして辿り着いたジャスリードの家は、確かに非常に片付いていた。

 基本的に物品の類は最低限しか置いておらず、壁に飾られた数本のベルギア刀が一番目立つ装飾……いや、実用品なのだろうが、一番目立っていた。


「さて。お前のベルギア刀は……そうだな、これがいいだろう」


 そんな壁のベルギア刀をジャスリードは一振り外し、グレイスに渡してくる。ずっしりと重い……いや、重すぎるベルギア刀にグレイスは思わず膝をついてしまう。


「え、重っ……!? これ鋼鉄ですわよね!?」

「そうだ」

「重すぎでしてよ!?」

「自在に振るえるようになれ。これからはいつも一緒なんだからな」


 確かに全員がベルギア刀を腰に提げていたが……グレイスは、自分がそんなことを出来るようになるとは、ちっとも思えなかったのである。

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