没落少女、蛮族の一員になる

「ああ、確かに若い頃はそう呼ばれていたな」

「え、ですが……いえ、なんでもありませんわ」

「ふむ? 怒らないから言ってみるといい。察するに、何か面白い伝え方をされているようだが?」


 そう言われても言えるはずがないとグレイスは思う。何しろ『死の宣告』ギオルは死んだと伝えられているのだ。それも当時の近衛騎士団長に一騎打ちで倒されたと。突然城に乗り込んできて王を殺そうとしたギオルは割って入った近衛騎士団長に正々堂々たる一騎打ちで敗北し、卑怯な真似も通じず首を刎ねられた……と。

 しかし、ベルギア氏族の、それも族長であるというだけでもそれが嘘と分かる。しかも本人が怪我を負った様子もなく生きている。ということは。


「あの、その前に。王城に乗り込まれたことは……?」

「ああ、あるぞ。随分昔の話だが、王の遣いとやらが戦士の誇りを汚すことを言ってきてな」

「そ、それはどういう」

「うむ、一言一句覚えているぞ。『国王陛下の名の下に宣告する。薄汚い蛮族どもよ、速やかに国の管理に入り労役を務めるべし。国境地帯に部族を移転させ、その地において指揮下に入り国防の役目を果たすべし』……だったな。ああ、今思い出しても怒りが蘇ってくるな」


 先王だ、とグレイスは察してしまう。色々とダメな人であったと伝え聞くが、異種族に対する弾圧政策でも有名だった。それはある日突然撤回されたというが、それはまさか。


「その日のうちに使者を動けない程度にボコボコにして台車に載せて、そのまま王都の門に投げ捨ててな。その勢いのまま王城に乗り込んで、向かってきた全員を殴って、最後に王を泣くまで平手打ちしたら『許してくれ』と頼むんでな」

「うわあ……」

「未来永劫関わるなと言ったら超人公とかいう称号を渡すとか言うんでな、貰っておいた」

「公爵位ですわね、それ……特殊爵位ではありますけれど……」

 

 カロリア家が持っていた『城壁伯』と似たようなものだ。土地は持っていないが、何かしらの特殊な意味を持つ爵位である。特殊とはいえ公爵位を渡したのは、代替わり後も『こいつらには何もするな』という警告の意味があるのだろう……まあ、アルダンの様子を見る限りではそれが上手く伝わっているとは思えないが。


「それで? 何と伝わっているのだね?」

「えっと……あまりよろしくない真似をして近衛騎士団長に倒された、と……」

「ジャスリード」

「はい、長。全員集めますか」

「うむ。くだらんことを言うなら今度は王都を攻め落としてくれよう」

「ま、待ってください! すでに王は代替わりしておりますわ!」

「む? そうか。では先王だけ殴ろう」

「ああ……いえ、もう私には関係ないですけれども……」

「その通りだ」


 グレイスの言葉に頷くと、ギオルは1つのペンダントを取り出す。中央に磨いた綺麗な石のつけられたそれは、どうやら何かの証であるように見えた。


「これはグレイス。お前を迎え入れるという証だ。まあ、なくしても問題は無いが可能な限り大切にしてくれ」

「あ、ありがとう……ございます」

「面倒は……ジャスリード。お前が見てやれ」

「長!? 女戦士の誰かに任せるのでは!?」

「お前が連れてきたのだ。いきなり知らん女戦士の家に放り込んでは居心地も悪かろう。慣れるまで面倒を見てやりなさい」

「しかし、長。男女でそれは」

「ジャスリード」


 ギオルはそこで、ふるふると首を横に振る。それは憐憫の目にも見えてグレイスは疑問符を浮かべるが……すぐに疑問は解決する。


「ジャスリード。うちの女衆と同じ生活はこのお嬢さんにはまだ辛い」

「……そうかもしれませんね」

「え、何なんですの?」

「グレイス。うちの女衆は男衆と何も変わらん。徹底的に戦士だから、それ以外が疎かな者が男女共に多い」

「つまり……?」

「お前が相当苦労する。村の中で家事が出来るといえるのは長と奥方様、そして俺だ」


 他はあまり出来ん、とジャスリードは断言する。実際、村での様々な雑用は何らかの理由で戦士として一線で戦えなくなった者が己の仕事としてやっていることが多い。そしてそこに到るまで家事という技術を習得していないことが多く、いわゆる「生活組」は戦士同様に尊敬を得ている役割だ。


「俺も甘く考えていたが、女衆に任せてはお前の鍛錬を適切に出来ないかもしれん。俺ならば余裕がある……可能な限り配慮はする。だから、俺にお前の生活を任せては貰えないだろうか?」

「え、は、はい」


 まるでプロポーズの如き……勿論そんなのではないと分かってはいるが、そんな言葉にグレイスは頷いてしまう。

 気付いてはいたが、ジャスリードは美形だ……短い黒髪と、意志の強さの垣間見える黒目、そして均整の取れた、しかし筋肉がその中に凝縮されていると分かる無駄のない肉体。明らかな美形であり、美男子であるジャスリードはしかも王都にいた誰よりも誠実であるだけに、その言葉はグレイスに強く響くのだ。


「うむ、これで決まりだな」

「はい」

「ではジャスリード。しばらく村の舵取りは任せたぞ。儂は先王を殴ってくる」


 そう言うとギオルは自分のベルギア刀を持ち、疾風の如き速度で何処かへ走り去っていく。


「あの、ジャスリード。アレってまさか」

「ああ、王都に行くつもりだな。まあ、数日もすれば帰ってくるだろう」

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