没落少女、長に会う
森の中に作られたベルギア氏族の村に、グレイスは「わあ……」と驚きの声をあげる。まあ、その声も当然だろう。文明から離れた蛮族たちの村と聞いて一般に想像されるのは、都市のものとは全く違う未開のものだからだ。
しかし実際に蛮族とはそういうものではなく、積極的に他と交流をしないだけであって独自の文化を持ち、ある程度社交的な種族なのだ。蛮神を信仰する一族であるからこそ蛮族、と呼ばれているし名乗っているのは伊達ではないのだ。
さて、そんな蛮族の一氏族であるベルギア氏族の村は、木をしっかりとした建築技法で組み合わせた美しいものであった。基本平屋だが二階建ての家などもあり、その辺りの村よりもずっと立派なものに仕上がっている。
「思ったのと全然違いますわ……」
「どんなのを想像してたんだ?」
「もっと小さいのを想像してましたわ」
「初めて来る者は皆そう言う。しかし誰もが俺たちの技術に驚き商売を望む。このベルギア刀を見れば想像できるだろうにな」
「うっ……ごめんなさい。想像できませんでしたわ」
「構わん」
そう、ジャスリードの提げているベルギア刀はシミターにも似た肉厚の剣だ。曲剣や湾刀とも言われる取り回しのしやすく切りやすい形であり、とにかく攻撃の速度が速く熟練者であれば凄まじい連続攻撃をも可能とした。実際、ジャスリードが振るえば武装ゴブリンの首を刎ねるのに一秒も必要とせず、意味がないからやらないが細切れにするのにも然程の時間はかからない。
それでいて上質な鋼で鍛え上げられたベルギア刀は比類なき頑丈さを誇り、刃こぼれという言葉とほぼ無縁だ。
つまりベルギア刀一振りでベルギア氏族の技術力の高さを証明しているといえ、それでいてベルギア氏族以外はこの剣を持てない、まさにベルギア氏族であるという名刺であり誇りなのだ。
ジャスリードはそんなグレイスに「そうか」とだけ答えると、すうっと息を吸い大声を張り上げる。
「戦士ジャスリード、帰還した!」
その叫び声に反応するようにあちこちの家から、木の上から人々が顔を出し、地響きと共にベルギアの戦士たちが走ってくる。
「帰ったか、ジャスリード!」
「王都とやらはどうだった! 強き者はいたか!」
「勇者選定とやらはどうだった!」
男女問わず強いと分かる者たちを目にしてグレイスはヒュッと息をのむが、そんな彼等彼女等のうちの1人がグレイスに目を向ける。
「ジャスリード、どうしたこの女は。お前の嫁か?」
「ジャスリードの!? では強いということか!」
「手合わせしよう、是非に!」
「待て待て。グレイスは訳アリだ。これから長のところに連れて行くが、まだ弱いから手を出さないように」
そんなことを言うジャスリードに戦士たちは「なんだ、そうなのか」と落胆しつつも好意的な視線を向けてくる。それはそれ、と切り替えたのだろう。切り替えの早さは尋常ではないが。
「では久々の外からの風ということだな」
「そうなるな」
「村も活気づく。良いことだ」
「ジャスリード! 後で挨拶の場を作ってくれよ!」
言いながら彼等は解散していくが、そんな彼等を見送りジャスリードは軽く息を吐く。
「すまないな。悪い奴等ではない」
「い、いえ。それは分かりますわ」
そう、初対面のグレイスにあれだけ好意的な視線は、王都でも経験がないものだった。ジャスリードが連れてきたという補正もあるのかもしれないが、良い人たちであるのは明らかだ。その事実にほっとしながらも、グレイスはジャスリードに連れられて長の下へと行く。
そうして迎え入れられた部屋の内装は、シンプルながらもセンスの良いものであり……それも全てベルギア氏族の手によるものと思われた。
肝心の長自身も細身の老人でありながらジャスリード同様に強い戦士の気配とも呼べるものを漂わせていた。それは間違いなくオーラとも呼ばれる非凡なる戦士の力の証明でもあり、実のところ同様のものをグレイスは先程会った全員からも感じていた。
(オーラの力は一流を超える超人の証……いわば特級戦力ですわよ!? そんなのが……村全員から!? こ、怖い……凄く怖いですわ……!)
「さて、儂がこのベルギア氏族の長だ。名はギオル。よろしく頼む」
「私はグレイス……家名を失った、ただのグレイスですわ。この度は受けて入れて頂きまして」
「ああ、良い、良い。そんな堅苦しいものは。ジャスリードが受け入れると決めたのならば相応の事情がありそれなりの人格であるのは保証されている。ならば何も問題はない」
「も、問題は……あるのですけれど。この国では私、罪人ですわ」
「なんだそんなことか」
「そんなこと!?」
「問題ない。今代の王の顔面を張り飛ばしたとてベルギアの氏族には何も出来んよ」
「え、ええ!?」
そんなことをすれば大逆罪だが、一体なんだというのか。蛮族だけでは説明がつかない。つかない、のだが。先程長が名乗った「ギオル」という名前に、グレイスは引っかかるものがあった。それは、まさか。
「ギオル……え、まさか。『死の宣告』ギオル……?」
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