没落少女、戦士宣告を受ける
その日のうちに、お土産をたくさん乗せた荷車にグレイスは乗って王都を出ていた。ちなみに荷車を引いているのはジャスリードだが、馬より速く安定感のある走りを見せている。あまりにも凄すぎて、すれ違った馬車の業者が2度見していた。そんな荷車に乗りながら、グレイスは小さな鞄に触れる。自宅には寄らなかった。何があるか分からないからだ。代わりにジャスリードに「必要だろう」と着替えを含む幾つかの私物を買ってもらったが、それは本当に自分が今まで持っていた全てを無くしたという証でもあった。
「……なんだったのかしらね、私の人生は」
王太子がゴブリンになったり、並み居る勇者候補や仲間候補たちがたった1人の魔族に何も出来なかったり。立場上自分を庇えないだけだと思っていた父……だった人の醜態とか。何もしていないのに罪人になってしまった自分とか。ああ、そうだ。王都にはもう、帰れない。たぶん、他の町にも。
「全部失ってしまいましたわ。私の今までを、全部」
「そうか」
「それだけですの?」
「なぐさめてほしいのか?」
そんなジャスリードの言葉に、グレイスはデリカシーという感情が死滅しているのか真面目に考えるが、これまでのジャスリードという人物のことを思い返し言葉を選ぶ。
「ベルギア氏族ではそういうとき、どうするんですの?」
「原因が己にあるなら鍛え、他者にあるならば徹底的に復讐する」
「……実践してますわね」
「ああ」
自分の場合はどちらだっただろうか、とグレイスは考える。もっと自分に様々な意味での強さがあれば未来が変わったかもしれないという意味では自分のせいだろう。そういうものがあっても何も変わらなかったかもしれないという点では、他者のせいだろう。しかし「復讐したいか?」と聞かれれば、驚くほどに何も感じなかった。
婚約者だったとはいえ王太子がほぼ他人のようなもので、父がああだったから、だろうか? それとも魔族1人に脅える、あの場の者たちの姿を見てしまったからだろうか? それとも……ジャスリードという、強い人を見たからだろうか?
「ねえ、ジャスリード」
「なんだ」
「ベルギア氏族の村でなら……私も、強くなれるかしら」
「心配するな。強くなる以外に道はない」
それに関してはジャスリードは断言できる。ベルギアの氏族の村で生きようとする者は、絶対に弱くはなれない。日々の生活に鍛錬を混ぜ込み、それが普通になった者しか居ないのだ。同じ生活をしていれば自然と強くなるし、出来るまで他の戦士によるサポートがしっかりとつく。
グレイスの場合もジャスリードが後見人となり暮らす以上は他の女戦士による的確なサポートがつくだろう。ならば少なくとも今の10倍は強くなることが約束される。まあ、今が弱すぎるからではあるが。
「そうだ、聞きたいことがあった」
「なんですの?」
「火を吹いたり空を飛んだりは出来るか?」
「私を何だと思ってるんですの?」
モンスターだとでも思っているのか。そんな抗議の視線を背中に感じながらジャスリードは「不思議な術の話だ」と言葉を付け加える。説明が足りないのだと気付いたのだろう。それでようやくグレイスもジャスリードが何を言いたいのかに気付く。
「ああ、魔法のことですの?」
「そう、それだ。お前は使えるのか?」
「使えますわよ。素養があるのであれば、貴族の嗜みの1つに入りますもの」
グレイスはそちらの才能が多少ではあるがあったので、ほんの少しの魔法は使用できる。しかしまあ、魔法の才能があり過ぎて聖女認定までされた、あの王太子の隣に居た少女には遠く及ばないが……。
「でも、どうして? 魔法が必要ですの?」
「俺ではなく、氏族のシャーマンが後継者を探していたのを思い出してな」
「蛮族のシャーマンは特別な魔法を使うと聞きますけど……私部外者ですのよ?」
いくら他に行くところがないといっても、余所者に変わりはない。そんなグレイスを後継者にするなど、氏族が認めるともグレイスには思えない、のだが……ジャスリードはそう考えていないようだった。
「別に構わんだろう。今代のシャーマンが何かしたところを見たこともないし、先々代は他所から来た者であったと聞く」
「そんな適当なものでしたっけ……シャーマンって……」
グレイスのイメージでは氏族の秘儀を伝えていく大事な役割という感じだったのだが、どうもそうではないらしい。そして実際そうであったりする。
「俺は氏族の知恵者という認識だ。恐らく大体の者もそうだろう。長も何か悩みがあればシャーマンに意見を求める。そういう点では外の常識を持つお前はピッタリだと思うが」
「そういうものかしら……」
「そういうものだ。それにダメだと言われても戦士になればいい。どのみち戦士にはなるのだから」
「え、決定ですの?」
「ベルギアの氏族に戦士でない者はいない」
お前も戦士になる、と。そんな戦士宣告を受けながらグレイスを乗せた荷車は時折ゴブリンを弾き飛ばしながらベルギア氏族の村へと向かっていた。
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