没落少女、蛮族の手をとる

 大広間がざわつく中で、やけにすらりとした高身長のゴブリン……もといアルダンの声が響く。


「何故だ! 蛮族、何故魔族を逃がした!」

「何故も何も。アレがルールだと言っただろう」

「そんな身勝手なルールに付き合う必要が何処にある!」


 そう、アルダンからしてみればあそこでジャスリードがディバスを殺してしまえばそれで終わりであった話だ。それが何故逃がす必要があったのか?


「奴の提示したルールは明確で公平だった。やろうと思えば俺以外の全員を殺せただろうが、ほとんど自衛に徹し対話に徹していた。その点で、非常に好感が持てる」


 そう、たとえばアルダンだってディバスは簡単に殺せたのだ。それをしなかったというそれだけでも賞賛に値する。ルールだって、軍には軍で、個には個でと宣言した。これは相手に合わせて戦うという非常に配慮された宣言だ。数で押し潰さない、ハンデとも言える。


「この国の連中の弱さに配慮し、手加減して戦ってくれるという。それを無視して俺が力で押し通して何とする。それでは獣だ……こんな誇りが傷つく行為はない」

「うるさい! 敵のルールに甘んじるなど……それでも貴様は人類の一員か!? あの場で殺してこそ何もかもが平和に収まっただろう!」

「バカが。勇者制度とやらは他の国でもやるのだろう?」

「それが何だ!」


 本当に愚かだ、とジャスリードは思う。怒りで何も見えなくなっているのかもしれないが、こんなのがこの国でも上位の権力者だというのだから。やはり力で導きを与える蛮族の教えは素晴らしい。


「奴は1人ではない。これは魔族とやらの王を決める遊びだ。つまり、あの魔将とかいう奴は複数いる。そいつらがこの国をルール無用の獣の群れと判断したらどうなる」

「……う、ぐっ」


 その答えは明確だ。しかし、アルダンは言えずにいて。しかし、グレイスが口を開く。


「もはやルールなど無し。この国に魔族とモンスターがなだれ込んでくる……ということですわよね」

「そうだ。先程の体たらくで、それに対抗できたとも思えないな」


 この場にいる勇者候補も仲間候補も、ディバス1人に何も出来なかった。ならば、ディバスと同等の者が数人いただけで王都は灰になるだろう。まあ、それは「勇者」とやらをこの中から選んだところでたいして変わりはしないだろうけども。


「まあ、好きに滅びるといい。行くぞ、グレイス」

「え? え、ええ。でもジャスリード、私の家は……」

「どうにでもなる。行くぞ」

「お、おい待て……!」

 

 グレイスをグイグイと押してジャスリードは大広間を出て、そのまま城を出る。随分と大きな城だと思ったが、図体がデカいだけでくだらない建物だった。もう2度と来ることもないだろうが……。

 そう考えていると、グレイスの表情が暗いことにジャスリードは気付く。


「家のことが気になるか」

「……当たり前でしょう。もはやカロリア伯爵家は……」

「グレイス!」


 そこに、グレイスの名を叫び走ってくる痩せぎすの男の姿が見える。なんとなくグレイスに似ているようであまり似ていないその男にグレイスは「お父様!?」と叫ぶ。なるほど、あれがカロリア伯爵ということなのだろう。


「こ、このバカ娘が!」


 カロリア伯爵は走ってくるなり、グレイスに平手打ちをしようとして。しかし、その手はジャスリードに止められる。ついでとばかりに力を込めると「ぎゃあああ!」と悲鳴をあげる。


「何のつもりだ」

「だ、誰だお前は! これは家庭の問題いだだだだだだ!?」

「出会い頭に罵倒と暴力が家庭の問題だと? 殴るなら殴るで勝負としてやるべきだろう」

「いいから離せえええええ! ぎゃあああああ!」

「うるさい男だ」


 ジャスリードが手を離すと、カロリア伯爵はジャスリードを避けて再びグレイスに平手打ちを……できない。ジャスリードに掴まれる。


「あああいやああああああ!?」

「学ばん男だ。ゴブリンの如き真似をするなら、同じように躾けてやろう」

「ぶべあああああ!」


 そのまま引き倒してマウントポジションで殴り始めるジャスリードをグレイスが「ちょ、ちょっと!」と引っ張って止めようとするが当然のようにジャスリードをほんの少しも引っ張ることができない。まだ馬車を1人で引けと言われた方が可能性がありそうだ。しかしジャスリードは1度手を止めるとグレイスへと視線を向ける。


「どうしたグレイス。手加減はしているぞ」

「それで!?」


 すでにボコボコになっているカロリア伯爵を見ながらグレイスが言えば、ジャスリードは頷く。


「本気でやったらこの男の顔などすでに弾け飛んでいる」

「私の父ですのよ」

「父のやることには見えなかったが」

「そ、それは……そうですわお父様! 一体どうされたんですの!?」


 グレイスがそう聞けば、カロリア伯爵はまだそんな元気が残っていたのかという声をあげる。


「どうされた、だと!? 貴様が! 貴様のような娘のせいで! カロリア家は取り潰しだ! もはや家名を名乗ることすら許されぬ……! 儂は明日から王都の掃除係だ! 歴史あるカロリア家が! くそっ、何故だ! 何故聖女様の暗殺など企てた!」

「お父様までそんな……!」

「ふむ」


 ジャスリードがもう一発殴るとカロリア「元」伯爵は気絶して……ゆっくりとジャスリードは立ち上がり、グレイスに視線を向ける。


「どうやらコレはお前の父ではなかったようだ」

「そ、う、ですわね……」

「どのみち、此処には留まれんだろう。当てはあるのか」

「ありませんわ」


 母方の実家も父方の実家も、この状況ではグレイスを受け入れはしないだろう。となれば、頼るべき場所などグレイスにはない。


「なら、ベルギア氏族に来るか?」

「え?」

「ベルギアの戦士は1度縁を結んだものを無慈悲に放り出したりはしない。望むなら、お前に1人で生きられるような道筋を作ってやろう」


 蛮族。蛮神に信仰を捧げ、生まれながらにして持つ強靭な肉体を更に鍛え上げ、肉体という方面から真理を目指そうとする者たち。何処の国にも属さない、事実上の独立国のような形で存在している治外法権を形にした者たち。

 そんな蛮族の氏族が1つ、ベルギアのジャスリードの手を……グレイスは、確かにとっていた。

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