蛮族、魔将と出会う

 その言葉に、何人かがようやく疑問に思ったような声をあげる。


「……そういえばカロリア伯爵令嬢はギャンブル依存という話では?」

「そんな金があるようにはとても……」

「いや、家財を売ってギャンブルに注ぎ込んでいるという可能性も……」

「そうだ。だから金がないという話ではなかったか?」

「いやしかし結局金がないのだ。それが暗殺者……?」


 ひそひそと囁き合っているつもりだが、静まり返った大広間ではそれは意外によく聞こえて。同じように疑問のささやきがやがてざわめきとなっていく。その状況に、アルダンは「静粛に!」と声を張り上げる。


「貴様が金をどう工面したかなど重要ではない。問題は証拠と証言が揃っているということ……カロリア伯爵令嬢。貴様の屋敷の捜査でそれは確固たるものとなるだろう」

「いくらでも捏造できますわね」

「王室の侮辱か? 随分と偉くなったものだな」

「おい俺を無視するな。今は俺と話していたのだろう」

「黙れ蛮族。身分の差を弁えろ」

「青い血とやらか? 世の常識に従い敬意を払ってみるつもりだったがな」


 そこでジャスリードは一拍置いて、思いっきり馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「クソくらえだ。グレイスを基準に青い血を考えていたが、どうやらゴブリンに劣るものの群れであるらしい。そして俺たちはゴブリンに敬意を払うことはない」

「き、貴様……! 衛兵! 何をしている、この痴れ者を!」


 アルダンが言いかけた瞬間。衛兵たちがゴウ、と燃え上がり灰となって骨と鎧を残し焼け落ちる。ガシャンと鎧が床に落ちる音にその場にいた貴族たちの悲鳴が上がり、勇者候補の貴族たちも同様に脅え、仲間候補たちが警戒するように武器に手をかける。


「いやあ、実に楽しい茶番だ。とはいえ、そろそろ終演のようだしね。花束贈呈にきてみたが……気に入っていただけたかな?」

「あ、暗殺者か!? カロリア伯爵令嬢、貴様また……!」

「おお、その配役も面白いがね。私は魔将ディバス。今日はこの勇者選定の場とやらを借りて宣戦布告に来たんだ」

「ま、魔将……!?」

「そうとも。増え続ける人間被害をどうにかするために……なんてね。それは冗談だが、どうにも勇者とやら、思ったより規模の大きい話みたいじゃないか。被害が大きくなる前に、釘を刺しておくことにしたんだよ」


 言いながらディバスはアルダンに近づいていく。アルダンは震えながらも剣を引き抜き……「うおおおおお!」と叫びながら突進する。


「うーん、お遊戯だ」


 ビンタ1発でアルダンは吹っ飛んで剣も転がっていく。そうして振り返ると、その場にいた全員が脅えたような様子をみせて……ディバスは両手を上げ高らかに宣言する。


「聞き給え! 私たち魔族は王の選定がため、君たちの勇者とかいう遊びを利用することにした!」


 それは朗々とした宣言だ。大広間中に一切の聞き逃しも聞き間違いもなく響くようなその声。それはごく一部を除いて、脅えすら抱かせるようなものだった。


「君たちの国をモンスターを使いじわじわと浸食し、やがてこの城まで辿り着く! そうしたら王の首を刎ね、その王冠を頂いていこう! そして君たちには、その勇者とかいう遊びを許す! 軍には軍で、個には個で! 故に私はその勇者とかいうものを送り込んでくることを勧めるがね!」


 そう、各国が自国のガス抜きのために作ろうとした勇者制度が、本気で国の命運をかけたものになってしまった瞬間であった。


「さあ、遊ぼう……! 私たち魔族と君たち人類の、命懸けのお遊戯だ! ハハハハハハ!」


 高笑いと共にディバスは転移門を開いて。「ん?」と声をあげる。脅える人類の中で、ただ1人。じっと自分を見ている少年に気付いたからだ。


「ほう、これはこれは……君は脅えないのだな」

「戦士が脅えるべきは、自分の誓いを果たせるかどうかだけだ。それ以外は全て些事だ」

「は、はは! なるほど! その言葉、口だけかどうか試したくなった!」


 ゴウッと。ジャスリードのいる場所が燃え上がる。しかし、その瞬間にはもうジャスリードはそこには居ない。ベルギア刀は、すでに抜かれて。引き絞った弓の如くギチリと筋肉を鳴らし、振り被って。


「蛮神グラウグラスの名の下に! ベルギアの戦士ジャスリード、いざいざいざあああああああ!」


 太鼓の音はない。戦うべき理由も軽い。しかし、挑まれて受けぬは戦士の恥。故にジャスリードはベルギア刀を振り下ろす。蛮族特有の人智を超えた力が振るわれ、ディバスの腕が斬られ飛ぶ。


「……!」

(避けきれなかった……? こいつ……)


 飛んだ腕を素早くキャッチすると、ディバスは間髪入れずにベルギア刀を振るうジャスリードの一撃を魔法障壁で受け止める。それにヒビが入るのを見て、ディバスは初めて僅かな恐怖というものを感じた。油断していた。舐め切っていた。だから大した用意もしていなかったが、それにしてもこれは。


「もういい。もう充分に分かった。そうか、なるほど。人間の中には君のような者もいるのだな……!」

「勝手に満足するな。まだどちらの首も飛んでいないぞ」

「それではゲームがつまらないよ、ジャスリード。ルールを守り給え」

「むっ」


 ルールを守らないと思われるのは戦士の誇りが傷つく。確かに何やらゴチャゴチャと説明していたし、別に何かどちらに不都合なものでもない。となれば、それを尊重するのは戦士の度量だ。


「確かにその通りだ」

「分かって貰えて感謝するよ」


 ベルギア刀を納めるジャスリードだが、そこにアルダンの叫び声が響く。


「な、何を言ってる! そいつを殺せ! これは命令だ!」

「いけないなあ、そういうのはいけないよ」


 ディバスが指を鳴らすと、先程殴られた場所からアルダンの顔が変化し……ゴブリンそっくりのものに変わる。


「はっ⁉ え……! な、何が!?」

「きゃあああああああ! ゴ、ゴブリン!」

「うわああああああ!」

「え!? ええ!?」

「それを解けるアイテムは私の城にある。ほうら、これでルール通りにやりたくなっただろう?」


 そう言いながら、ディバスは一礼する。


「それではごきげんよう、愚かしき人類の諸君。遅ればせながら、ただの射的の的から遊び道具になったことをお祝い申し上げよう。そしてジャスリード、願わくば君が私の下に辿り着きますように」


 そうして転移門を潜りディバスは消えていく。それは……世界中で起きた同様の事件の、そのうちの1つでしかなかったのだ。

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